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ミルクに学ぼう

食育実践記 千葉・南房総にある酪農のふるさとへ

牛乳の歴史探検隊① 牛と人、暮らしの歴史を訪ねて

現在は手軽に味わうことができる牛乳・乳製品。その昔は、とても貴重な存在でした。
では、どのようにして今のような身近なものへと発展してきたのでしょうか?

今回は、光咲(みさき)ちゃん、翔也(とうや)くん、優花(ゆうか)ちゃんの三つ子兄弟(小学3年生)とお母さんが「千葉県 酪農のさと」を訪問。現在につながる酪農の歴史をたどりました。

いざ!酪農の歴史が生まれた場所へ

千葉県、南房総の豊かな自然に囲まれた「千葉県 酪農のさと」は、酪農の歴史を楽しく学べる千葉県の施設。すぐそばにある嶺岡乳牛研究所の敷地内には、千葉県の史跡にも指定されている「日本酪農発祥の地」の石碑が建っています。

施設内にある酪農資料館には、酪農関係の歴史的資料や器具類、模型などが展示されています。
訪ねた日は、見事に快晴。丘の上には、日本酪農の歴史の幕開けを飾ったのと同じ種類の白牛(はくぎゅう)が放牧されているだけでなく、ヤギたちものびのびと過ごしています。

3人はさっそく酪農資料館へ。
入り口で、「モー!」とあいさつする牛さん人形と握手をしてから中へ入ります。

まずは、日本の酪農の歴史について講談師の人がおもしろく解説するビデオを見ました。1300年以上もの昔、7世紀半ばから日本の牛乳の歴史が続いていることを知って、みんな感心。

そして牛乳が、ずっと昔から栄養に優れた食べ物として大切にされてきたことを知りました。 


▲ビデオで見る日本の酪農の歴史絵巻に、吸い込まれる3人。

■世界各地で人々に親しまれてきた牛乳・乳製品

世界の歴史から見ても、牛乳・乳製品の歴史はとても古く、約1万年前から世界各地で食品として利用されてきました。

古代エジプトの壁画にも牛のお乳をしぼる絵や、酪農をして暮らす絵などが見られます。しぼったお乳は飲むだけでなく、保存や持ち運びができるように、煮詰めたり発酵させたりする加工方法が考え出されました。これがバターやチーズ、ヨーグルトのはじまりです。

牛乳が大好きな3人ですが、とくに光咲ちゃんはチーズ、クリームなどの乳製品が大好き。
「そんなに大昔から、チーズやヨーグルトがあったなんて」と、びっくりです。
壁画に描かれた昔の人々の様子をみんなで眺めながら、こどもたちは何をしているところか想像をふくらませます。

歩き進むと、世界各地を代表するさまざまな牛たちを集めたパネル写真が。
見たことのない牛もたくさんいます。
「どの牛さんが好きかな?」とお母さんの質問に、みんなでいっせいに指をさしてわいわい。白牛の写真も見つけました。
 

▲古代エジプトの壁画に描かれた当時の酪農の風景。

 
▲乳牛向きの牛の体型を教わり、いろいろな牛の写真を見ながらみんなで分析。

■お次は日本の酪農の歴史を探検

日本にはじめて牛乳・乳製品がやってきたのは飛鳥時代。渡来人とともに大陸から伝わったとされています。
牛乳を煮詰めて作る「蘇(そ)」というチーズのようなものが滋養薬として紹介されましたが、貴族など、一部の人しか味わえない貴重なものでした。
原料が限られ、手間ひまがかかる当時の牛乳・乳製品は、庶民にとっては遠い存在。やがて戦乱の時代を経て、いったんは歴史から姿を消します。

江戸時代の1728年。8代将軍徳川吉宗が、オランダ人にすすめられ、将軍家の牧場「嶺岡の牧」にインド産の白牛3頭を輸入し、繁殖させはじめました。これが、日本の酪農のはじまりといわれています。
嶺岡乳牛研究所内に「日本酪農発祥の地」の石碑が建っているのもこういうわけです。

徳川吉宗は白牛の乳で「蘇」に似た「白牛酪(はくぎゅうらく)」という乳製品を作らせ、強壮剤や解熱剤として用いました。

やがて「白牛酪」は生産量が増え、江戸の庶民にも販売されていきました。時代は変わって、文明開化を迎えた日本。横浜で牛乳の本格的な生産、販売に取り組みはじめた前田留吉という人も、実は千葉県出身なのです。

そしてその後も、自然に恵まれ、長い酪農の歴史をもつ千葉県は酪農の発展に貢献。今もなお日本有数の酪農地帯になっています。

こどもたちは、これら展示された当時の記録や看板、写真をじっくり見学。歴史のエピソードに触れるたびに、お母さんに口々に感想を伝えていました。 

 
▲白牛のレリーフが入った「日本酪農発祥の地」の石碑。その名を残す「嶺岡乳牛研究所」では、今も研究が続けられています。

■いよいよ白牛さんとご対面!

江戸時代に輸入された白牛は一時期、約70頭まで殖えましたが、明治時代に疫病で途絶えてしまいました。現在、施設内ではアメリカからやってきた8頭の白牛に会うことができます。

小高い丘の上で草を食べている白牛を、みんなで見にいきました。「耳が長い!」、「首の皮がシワシワ。たらーんとしているよ!」と、興奮気味のこどもたち。「しーっ!牛さんの食事中は静かにしようね」とお母さん。

白牛はホルスタイン種にくらべると小型です。現在、ここで飼育されている白牛はアメリカ産ゼブー種ですが、江戸時代の白牛はインド産でさらに小さかったとか。

この白牛の特徴は背中にコブがあり、首や腹の皮が垂れ下がっていること。大きく垂れた耳が愛らしい牛です。「コブには何が入ってるの?」と、不思議そうなこどもたち。
ラクダと同じく、コブには脂肪が蓄えられています。白牛の出す乳は乳脂肪率が4~5%と、ちょっと高めですが、乳量は年間1000kg程度で、ホルスタインにくらべるとずっと少量です。 

 
▲白牛をそーっとなでてみると「コブはやわらかいよ、毛は少しかたい感じ」。

■歴史にちなんだお菓子をパクリ

放牧場から帰ってきたら、お待ちかねのおやつタイム。牛乳の歴史を背景に生まれたお菓子で休憩です。

まずは、奈良県で昔ながらの製法で作られている「飛鳥の蘇」をいただきます。しっとりとした一切れをつまんで、口に入れると牛乳の味がぎゅっと詰まったチーズのような味。ほんのり甘くて「おいしいよ!」と光咲ちゃん。

次は「白牛酪餅」。これは江戸時代の「白牛酪」をイメージして、千葉県船橋市の和菓子屋さんが作った創作和菓子です。「中は白あんかな?ミルク味かな?おいしいね!」

こんなにおいしいミルク菓子や、牛乳・乳製品をいつでも飲んだり食べたりすることができるようになったのは、酪農のはじまりがあったから。そして歴史の中で、酪農が研究され、牛がたくさんのお乳を出せるように、人と牛とがいっしょにつちかってきた長い時間があったからなんですね。 
 
▲牛乳を7~8時間煮詰めて作った幻の乳製品、「飛鳥の蘇」は濃厚な味わい。
 
▲ミルクあんをやわらかなお餅で包んだ創作和菓子。やさしい味わいは、まさに「醍醐味」。
 

体験しての感想

 
牛さんが大きくてちょっとこわかった。たくさん草を食べるのにびっくり。
(光咲ちゃん)
 
「蘇」はチーズみたいで不思議な味。酪農の歴史のビデオがおもしろかったよ!
(翔也くん)
 
白牛さんの首やお腹の皮が、ビヨーンとのびているのが珍しかった。
(優花ちゃん)

食育コラム:食べものの歴史を知る意味 管理栄養士 吉川直美さん

私たちは、ふだん何気なく牛乳を飲んでいますが、いつでもどこでも飲めるようになったのは最近のことだということを、知らない人が多いように思います。牛乳・乳製品に限らず、私たちが食べている食品には、それぞれ「いわれ」や「歴史」があるものなのです。それを、図書館やインターネットで調べたり、今回のようにいろいろな資料を見たり聞いたりふれたりできる施設を訪ねてみるのも楽しいですね。

まず、食べもののことを話題にすること。それが、食への興味や関心をもつきっかけになり、「楽しく食べること」のスタートになるのです。 
【取材協力】
「千葉県 酪農のさと」
〒299-2507千葉県南房総市大井686
Tel.0470-46-8181 http://www.e-makiba.jp/
[飛鳥の蘇]製造・販売:西井生乳加工販売所(奈良県橿原市)
[白牛酪餅]製造・販売:菓匠 白妙(本店:千葉県船橋市) 

2006年12月1日

ほわいと(2006冬)より

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