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ミルクに学ぼう

食育実践記 学校給食のうつり変わりをたずねて

牛乳の歴史探検隊② どうして学校給食に牛乳が出るの?

今回は学校給食に牛乳が登場した歴史を訪ねて(財)千葉県学校給食会へ。

年代とともに変化する学校給食の見本を見ながら、千葉県の小学3年生、舞雪(まゆ)ちゃんと実希(みき)ちゃんが、相談員の先生にお話をうかがいました。 

学校給食の歴史を見てみよう!給食はいつはじまったのかな?

日本の学校給食は明治22年、山形県鶴岡市のお寺の住職が学校で貧しいこどもたちにおにぎりを食べさせたことがはじまりとされています。

現在のような学校給食がはじまるきっかけとなったのは昭和21年、第二次世界大戦後のこと。食糧不足の日本に「ララ(LARA)物資(※Licensed Agencies for Relief in Asiaの頭文字をとった略称でアジア救済連盟。第二次世界大戦後、諸国から集められた援助物資がここを通して日本に届けられた。)」やユニセフからの援助物資が届き、その食品を使った味噌汁や脱脂粉乳が給食として出されたことにありました。

当時、学校給食に脱脂粉乳を選ぶ際に、おなかのふくらむ小麦粉とどちらがいいかという意見交換がされたそうです。しかし、こどもたちの成長には動物性たんぱく質がかかせないという主張から、脱脂粉乳が採用されたのでした。

さっそく戦後の学校給食の見本を見学。

「みなさんのおじいちゃんやおばあちゃんが食べていたのは、こういう給食だったのよ。脱脂粉乳って知ってるかしら?」と先生が質問。

牛乳から脂肪と水分を抜いて粉状にしたものを脱脂粉乳といいます。今ではスキムミルクといった方がわかりやすいですね。

「赤ちゃんが飲む粉ミルクと同じ?」と舞雪ちゃん。「粉ミルクよりもサラッとしていて甘くないし、脱脂粉乳はキライという子も多かったわね。でも、食糧が乏しかった当時は、こうした給食のおかげで栄養失調になっていたたくさんのこどもたちが助かったんですよ」。

こどもたちは器に入った脱脂粉乳を珍しそうにのぞきこみ「おいしくなさそう…」と苦笑い。 

 
▲器に入った脱脂粉乳。当時、栄養不足のこどもたちの大切な栄養源でした。

■お母さんの時代の給食はどんな味かな?

学校給食が法的に定められたのは昭和29年。昭和30年代、40年代になると、揚げパンやぶどうパン、あじフライ、おでん、ハンバーグなど、おなじみの献立が見られます。

昭和40年代になると、牛乳の生産量も上がったことから、全国的に脱脂粉乳にかわってビン入りの牛乳が登場。脱脂粉乳はお湯に溶かして作るので器が熱くて持ちにくく、冷めてしまうと飲みにくかったのだそう。
それにくらべて、ビン入り牛乳はずっと飲みやすく味もおいしくなりました。

「揚げパンが大好きだったわ!」と懐かしそうに見本を見るお母さん。昭和40年代後半学校給食を体験しました。

「大きな揚げパン!私たちの給食に出てくる揚げパンはもっと小さいよ」と、こどもたちは不思議そう。

昔の給食ではエネルギーを炭水化物からたくさん摂るように計算していたため、コッペパン1つに使われる小麦粉は100g。今よりも大きなパンだったのでした。

現在は数多くの食品からバランスよくエネルギーが摂れるよう、パンは小さくなっているのです。 

 
▲「お休みしたお友だちに給食のパンを届けたりしたなぁ」と見本を見ながらお母さん。

■給食に出てくる牛乳のカタチは変わったのかな?

2人が今飲んでいる牛乳は、四角い紙パックのタイプ。でも、時代とともに牛乳容器のカタチも変わってきたようです。

昭和39年のも49年のも同じように見える牛乳ビンですが、「よおく見てごらんなさい」と先生。手にとってしげしげと眺めてみます。すると「あっ!量が違う」「ビンのカタチも違うよ!」と発見しました。 

 
▲牛乳容器のうつり変わりを見くらべ中。ビンは同じように見えるんだけど…
以前のビンにくらべて昭和49年の牛乳ビンは肩のところがふくらんでいます。

それまでは日本に昔からある1合という単位にあわせて180ml入りでしたが、昭和45年に肩のデザインを変えて20ml多く入る200mlの牛乳ビンになったのでした。

昭和50年代になると、現代のこどもたちにもなじみ深い、紙パック入り牛乳が登場します。 

 
▲牛乳ビンは給食当番のこどもたちが運ぶのもひと仕事。紙パックになって軽量化されました。

■現代の学校給食「地産地消」って何だろう?

時代とともにうつり変わってきた学校給食。現在は、肥満傾向の増加や生活習慣病の低年齢化といった、こどもたちを取りまく食生活の問題に対応しています。

日本型食生活のよい点を取り入れ、米飯や魚介類を増やしたり、楽しく食事ができるように給食のスタイルも見直されているのです。また、自分たちが住む地域で生産された食材を積極的に食べようという「地産地消」の考え方が広まり、その地域ならではの郷土食メニューなども増えています。

「千葉県で取れた食材がどれかわかるかな?」という先生の質問に、もってきた献立表を見て探すこどもたち。千葉県特産、落花生をはじめ、野菜や魚介類、人気の手巻き寿司のノリも千葉県産です。

そしてもちろん牛乳も。「千葉県にはたくさんの牧場があるから、千葉県の学校給食の牛乳は、みんな千葉県産ですよ」。

2人が大好きなグラタンやクリームシチューにも牛乳が使われています。「牛乳って、献立表の『血や肉になる栄養』のところにいつも最初に出てくるんだよね」と献立表を熱心に観察します。 

 
▲牛乳を使ったメニューでどれが好き?の質問に、アレコレと献立表を指さす2人。

■学校給食の牛乳のおかげで体格がよくなったんだね

成長期のこどもたちにとって大切な栄養がたくさん含まれる牛乳。2人は次に、時代とともに大きくなっていく日本人のこども(14歳)の平均身長をくらべるパネルを見せてもらいました。

戦後の14歳よりも、最近の方がずっと平均身長が高くなっているのがわかります。「学校給食を食べ、牛乳をしっかり飲むことで体格がよくなってきたということでしょう」と先生。

現在では、世界で活躍する日本人スポーツ選手も多く、体格差も気になりません。これも、学校給食と牛乳が大きな役目を果たしているんですね。

「みんなは給食の牛乳をちゃんと飲んでる?」という質問に「牛乳は大好きだからいつも飲むよ」と舞雪ちゃん。「男子は走るのが速くなるからって、残さずに飲んでるみたい。でも、女子は残す人が多いよ」と実希ちゃん。

「それは残念。女の子もぜひ飲んでほしいなぁ」と先生。女性は年をとったとき、骨粗しょう症という病気にかかる人が多いこと、それを防ぐために今から牛乳をちゃんと飲んでおくことが大切、というお話に耳を傾ける2人。

「給食でしっかり飲んで、卒業しても、おとなになっても牛乳を飲みます!」と約束してくれました。牛乳の栄養パワー、そして学校給食に出てくるわけをあらためて見直していたようでした。 

 
▲あと5年で私たちの身長もこれぐらい伸びるかな?
 
[お話していただいた先生]
在原 泰子(ありはら・やすこ)先生
財団法人千葉県学校給食会相談員。管理栄養士として昭和30年代から学校給食に携わり、現在は相談員として学校給食に関する各校栄養士からの相談等に対応しています。

体験しての感想

 
牛乳は大好き。給食でも飲むし、家に帰ってからも飲んでるよ!
(実希ちゃん)
 
昔の給食の牛乳ビンって、とっても重たい!と思いました。
(舞雪ちゃん)
 
本物そっくりの懐かしい給食のレプリカ。いろいろと見られて楽しかったです。
(舞雪ちゃんのお母さん)

食育コラム:食べものの話をしよう! 管理栄養士 吉川直美さん

「学校給食」の話がきっかけで、話題が広がった経験はありませんか。学校給食には、いろいろな思い出があることが多いように思います。特に牛乳は、誰もが同じものを飲んでいたと思いがちですが、生まれた年や住んでいた地域で違いがあり、お互いの思い出を話してみるといろいろな発見があります。ぜひ、お父さんお母さんだけでなく、おじいちゃん、おばあちゃんもいっしょに、こどもたちと学校給食の話をしてみてください。

こどもたちは、そこで発見した驚きやおもしろさを、友だちや周りの人に伝えていくことをきっかけに、食への興味と関心の目を地域や社会へと広げていきます。そして何より、食べものの話をすることが、健康への第一歩につながります。 
 【取材協力】財団法人 千葉県学校給食会

2007年3月1日

ほわいと(2007春)より

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