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日本チーズ物語

人類がチーズと出会ったのは、遠くいにしえの時代。 われわれの祖先は、貴重なものとしてチーズを食べていたのです。

百済(くだら)から伝来———飛鳥時代

 645年頃、善那が孝徳天皇に牛乳を献上し、その後、「酪(らく)」や「酥(そ)」などの乳製品が、医薬品として皇族や貴族社会に広まっていきました。酪がヨーグルト、酥がチーズにあたるといわれています。
700年11月には国より酥を作ることが命じられ、皇族や貴族の滋養薬として、諸国から朝廷に納められるようになりました。貢酥の儀の始まりです。これが11月11日をチーズの日にしたいわれです。
「酥」は、牛乳を煮詰めて水分をほとんど除いて固めたものです。

貴族社会の貴重品———奈良・平安時代

 奈良中心だった貢酥の儀は、大宰府から武蔵や越後の国まで広がり、酥の品質も厳しくチェックされ、入れる器も定められていました。新年になると朝廷では、必ず酥と甘栗が振る舞われたと記されています。
   皇族・貴族社会では医薬品や儀式用として必要だった酥ですが、朝廷の力が衰え、武士が台頭してくる平安末期になると貢酥の儀もすたれていきました。

滋養強壮に白牛酪———江戸時代

 1727年、8代将軍徳川吉宗は、馬の治療用に乳製品の必要性を知り、インドより白牛を輸入します。この乳で作ったものが「白牛酪」といわれ、製造方法は飛鳥時代の酥と同じでした。これが江戸時代のチーズといえます。白牛酪は、滋養強壮の薬として代々の将軍の膳に供され、水戸黄門が常食したとの記録も残っています。

熟成させたチーズの登場———明治時代

 1877年、上野公園で開催された博覧会で出品された「乾酪(かんらく)」が現在とほとんど同じチーズ製造方法により作られています。
   昭和になると、ゴーダやチェダー、プロセスチーズも作られるようになりました。第二次世界大戦後はブルー、カマンベールなど、ほとんどのナチュラルチーズが製造されるようになりました。
   現在、全国では約70カ所で日本人の味覚にあったナチュラルチーズが作られています。消費量も年々高まり、特徴ある風味を楽しむ人が増えています。

2005年3月31日

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