繰り返し牛乳を飲むことで乳糖不耐症が改善される!?
MILK通信II ほわいと(2003年秋号より)
牛乳を飲むと下痢を起こす−−その原因は「乳糖不耐症」。
つまり牛乳に含まれている乳糖は人の体内で分解されにくく、そのために下痢が起きると説明されてきました。では、乳糖をどの程度摂取すれば、下痢を誘発するのか?
乳糖を分解する酵素ラクターゼにはどの程度、乳糖を分解する能力があるのか?
その実験の中で、腸内細菌の働きがクローズアップされてきました。
県立長崎シーボルト大学大学院 教授/保健学博士 奥 恒行
私はこれまで難消化性のオリゴ糖と糖アルコールの代謝、消化・吸収、それらの食品への応用について研究してきました。その過程で、それらの物質には大量に摂ると高浸透圧性の下痢を誘発する性質が明らかになりました。このため、食品に使う場合には、どの程度の量の摂取まで下痢にたえられるのか、下痢をしない量、つまり最大無作用量をヒトを使って実験してきました。
牛乳にふくまれる乳糖(ラクトース)も、大量に摂ると日本人の場合、乳糖不耐症で下痢をする人がいるといわれています。では乳糖の最大無作用量はどれくらいなのか? この解明に取り組みました。
乳糖の最大無作用量は50kgの女性なら瓶牛乳4本分
糖類はふつう、酵素によって小腸で消化・吸収されます。乳糖はガラクトースとグルコースの2つの糖からなる二糖類で、ラクターゼによってそれぞれの単糖に分解されます。ところが、酵素活性が低いと、小腸で消化されなかった乳糖がそのまま大腸に移行。すると大腸内の浸透圧が上昇。腸管内の溶液が多くなり、水分をかかえきれなくなり、下痢を誘発すると考えられます。
その限界の量を調べるのですが、被験者は、私の勤務する大学の学生(女性/平均20歳)を公募。BMIがふつうの範囲で、抗生物質を飲んでいない、便秘の症状がないことなどを条件にインフォームドコンセントを行った後に、実験を開始。実験では、比較のため、乳糖に水素添加して得られ、ほとんど消化されないラクチトールと呼ばれる二糖アルコールも一緒に用いました。
乳糖の摂取は30gから始めて40、50gと増量していき、最大量が60g。ラクチトールは下痢を誘発しやすいことがわかっていましたから、12gから始めて最大量を40gに設定。被験者は下痢を起こした時点で、実験を終了します。非常に飲みにくく、途中でドロップアウトする人もいたので、被験者数は多少差があります。
乳糖30g摂取では下痢を起こした人はなく、40gで49人中5名、50gでは42人中16名が下痢を起こしましたが、60gを摂取しても半数近くは下痢を起こしていません。かなり個人差がありました。ラクチトールの場合は、40gまでの摂取で36人中29人が下痢を起こしましたが、7人は下痢をせず、ここでも個人差が見られました。乳糖の下痢誘発には感受性の高い人も低い人もいますが、それも含め、実験データをもとに、最大無作用量を計算しました。
結果は乳糖の場合、体重1kg あたり0.71g 。つまり体重50kgの女性であれば、35.5gの乳糖を摂取しても、特異体質でないかぎりほとんど下痢を誘発する心配がないだろうということになります。これは牛乳に換算すると瓶牛乳4本ぐらいに相当。これは、ほかの難消化吸収性オリゴ糖、糖アルコールの最大無作用量(表)に比較して、かなり高い数値です。一方、ラクチトールは0.36gという値が出ました。

難消化吸収性オリゴ糖・糖アルコールの最大無作用量
こしやすいというのであれば、牛乳に含まれるたんぱく質やミネラルなどの影響を考慮しなければなりません。そこで、牛乳の中に、先の実験と同じように段階的に調節した乳糖を加えて実験してみました。結果は、牛乳の形で飲むから、下痢をしやすくなったという法則性は見出せませんでした。
腸内細菌の分解量の差が下痢の原因と考えられる
ではなぜ、乳糖は最大無作用量が他の難消化性のオリゴ糖や糖アルコールに比べ高いのに、乳糖不耐症といわれる下痢の誘発を引き起こすのか? そこで私たちは乳糖と腸内細菌の関係に注目しました。
乳糖10g、30g摂取における血糖値、血中インスリン濃度、糖類が腸内細菌によって分解されるとき発生する呼気中の水素ガスの量を測る実験を行いました。その結果から、10g程度(6時間での計測なので、1日換算なら40g)が日本人のラクターゼの消化吸収能力でないかと、推論できるにいたりました。
にもかかわらず、最大無作用量で見たとおり、ほとんどの人は30gを摂っても下痢の誘発にいたっておりません。これは、30g 摂取の際、呼気中の水素ガスの顕著な上昇に見られることでもわかったことですが、牛乳・乳製品を日常的に繰り返し摂ることにより、乳糖を分解する腸内細菌が増え、そのために下痢の誘発も少なくなったと考えられるのです。
腸内細菌による乳糖の分解量には人によって差がありますが、平均すれば6 時間で25g(1日で100g)くらいと推定されます。この差、つまり腸内細菌の分解量の差が乳糖不耐症につながっていると考えられるのです。
これらの研究以外でも、動物を使った実験などから、乳糖を繰り返し摂ることで、乳糖を資化できる腸内細菌が増える傾向にあることがわかりました。どんな細菌が増えているかなどは明らかになっておらず、これからの研究結果が待たれますが、牛乳・乳製品を繰り返し摂ることで、下痢の誘発は少なくなると考えられるのです。
(第3 回メディアミルクセミナーより抄録)
【用語解説】
[最大無作用量]
害のない最大の摂取量。今回の実験では下痢にならない摂取の指標になるもの。数値が大きいほど下痢になりにくい。
[ラクターゼ(乳糖分解酵素)]
乳糖(ラクトース)を加水分解して、ガラクトースとグルコース(ブドウ糖)と呼ばれる単糖に分解する消化酵素。ラクトースのように2 つの単糖でできた糖を二糖類と呼ぶ。
[腸内細菌]
腸内に常在する細菌のこと。この細菌群を腸内菌叢と呼ぶ。主に回腸部から大腸にかけ、100種類以上生息。腸内菌叢のバランスは栄養素の利用吸収や生理機能、疾病などに大きな影響を及ぼす。
奥恒行(おく つねゆき)
県立長崎シーボルト大学大学院教授/保健学博士
昭和48 年東京大学大学院医学系研究科博士課程終了。東京大学助手、講師、コーネル大学、ニューヨーク州立獣医大学留学などを経て、平成11 年より県立長崎シーボルト大学教授、同15 年より現職。日本栄養改善学会常任理事などを務める。著書に『機能性食品で現代病に克つ』(講談社)などがある。
MILK通信II ほわいと(2003年秋号より)