一般社団法人Jミルク Japan Dairy Association

”乳と健康” のメカニズムを探る - 注目される免疫機能との関連性 -

牛乳乳製品の摂取は、高血圧や認知症の予防などにもつながることが近年の研究で明らかになってきた。
こうした食品成分研究の現状と今後の可能性について、戸塚護氏(乳の学術連合・牛乳乳製品健康科学会議会員)に聞いた。

j-milkリポートvol-30より

食品と免疫の研究で、国民の健康に寄与する

——先生のご研究のテーマと、牛乳乳製品との関わりをご紹介ください。

戸塚氏:食品が免疫系にどう影響するかということを中心に研究しています。食品中の成分が免疫を活性化させたり、あるいは抑制したりすることは学術的にわかってきているので、そのメカニズムを明らかにすることと、研究の成果を国民の健康に役立てていくことが大きな目的です。食品成分として注目してきたのは、乳酸菌や植物性由来のポリフェノール、最近では肉に含まれるペプチドのカルノシンなどの作用も研究しています。

私の場合、大学で最初に入ったのが畜産物利用学、まさに乳を扱う研究室でした。担当教授(故山内邦男先生)が最後の講義の時においしいチーズを食べさせてくれて感動したというのが興味を持ったきっかけだったのですが、当時は免疫に関する研究が始まったばかりでもあり、おいしいものが食べられて、おもしろい研究もできると思ったのです。最初は、牛乳中のアレルギー原因物質であるβラクトグロブリンのアミノ酸を置換すると、免疫応答がどう変わるかを中心に研究し、学位論文にしました。

その後、1998年から乳業メーカーの寄付講座が東大に開設され、私が担当することになりました。乳業メーカーとも話し合った結果、寄付講座では乳酸菌を中心とするプロバイオティクスを扱うことにしました。また同時に、腸管の上皮細胞に対して食品成分がどのように作用するかについても研究することになったのですが、腸管上皮細胞は培養が難しいので、どう培養して調べればよいかというところから研究を始めました。その後、植物性物質の免疫系への作用も研究テーマに加わりました。
 

免疫研究を通じて見えてきた「腸管」の重要性

——プロバイオティクス研究に最も早い時期から関わってこられたのですね。

戸塚氏:当時は、プロバイオティクスや腸内細菌がこれほど大きな研究分野になるとは予想していませんでした。研究を進めていくにつれて、腸内細菌が免疫系の機能に大きく影響していることや、腸管がいかに大事かということがわかってきたのです。

こうした研究のきっかけを与えてくれたのが乳であり、その過程では乳業メーカーにもお世話になりました。乳の学術連合で活動するようになり、他の研究者のみなさんが乳に対して多様な関心を持ち、さまざまな角度から研究されていることを知って、やはり乳は大きな研究テーマだとあらためて感じています。

認知症予防でも注目される、食品の抗炎症作用

——乳に関する研究で、最近注目されているテーマや動きなどはありますか。

戸塚氏:牛乳中にはエクソソームという生体膜に包まれた小胞があり、その内部にはmicroRNAなどが入っています。また乳中には、免疫細胞間での情報伝達を担うたんぱく質であるサイトカインも含まれています。こうした物質が腸管や免疫系にどう作用するかなど未知の部分も多いので、新しい発見があると思っています。

先ほど腸管の上皮細胞のお話をしましたが、最近では腸管上皮細胞の幹細胞を培養することによって、試験管内で腸管の組織を部分的に再現する手法が確立しつつあります。腸管の中で起きていることが詳細に見られるようになれば、この分野の研究がさらに進む可能性があると考えています。

乳の健康機能という点では、認知症や、そのリスク要因となる糖尿病との関係が大きな研究テーマでしょう。最近では、「炎症」がさまざまな病気に関わっていることがわかってきており、それを食品でどうコントロールできるかという点が研究者の間でも関心事になっています。認知機能も炎症との関係が指摘されていて、具体的なメカニズムはまだ不明ながら、炎症の抑制が認知機能の低下も抑えているのではないかというストーリーはできているのです。

炎症は基本的に免疫のシステムですから、免疫応答を調節することで炎症を抑え、それによって認知機能を正常に保つというふうに、私の研究ともつながってきます。すでに脳機能の研究者とのコラボレーションでこうしたテーマを扱っており、現在はカルノシンの抗炎症作用と脳機能との関わりについて調べているところです。

研究と社会への成果発信の両輪で

——乳の学術連合の今後の取り組みについて、ご意見やご提言などをお願いします。
戸塚氏:免疫系や腸管に対する働きを含め、乳自体にもわからないことはまだたくさんありますから、そこを学術的に追究していく必要があります。その一方で、最新の研究成果を一般社会にどう発信していくかという両輪での取り組みが大切だと思います。先日、免疫調節の分科会で議論した際には、やはり牛乳アレルギーの問題も一つの中心になっていくだろうということで一致しました。

私たち研究者が考えていることと、一般の方の受け止めにはギャップがあります。そこをつないで、科学的エビデンスをわかりやすく伝えてくれる人材、インタープリターのような人を育てていくことが重要です。食品の分野だと、管理栄養士・栄養士さんなどがそうした役割を担っています。私も栄養士向けの雑誌に寄稿することがありますが、専門知識を勉強しつつ一般の方とも接している人々への情報発信や啓発を続けていくことが大切です。

学術連合に限らず乳研究全体の課題として、若手研究者の育成にも目を向けていく必要があるでしょう。乳の主要成分はすでに研究され尽くしているというイメージをもつ人もいますが、乳のサイトカインやエクソソームといった微量成分の働きについてはまだ研究の余地があります。私たちの学生時代には、多くの大学に乳や畜産物利用の研究室があったのですが、最近では乳を中心に扱う研究室は少なくなっています。現状を簡単に変えるのは難しいのですが、若い研究者が育つ場を確保するという視点も求められるのではないかと思います。

——Jミルクとしても、学術連合の先生方のご意見もお聞きしながら、社会への成果発信や研究支援体制の改善を進めていきたいと考えています。本日はありがとうございました。
 

2018年10月30日

戸塚 護 氏
日本獣医生命科学大学 食品科学科 教授

農学博士。東京大学農学部卒、東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻修了。東京大学大学院農学生命科学研究科客員助教授、文部科学省学術調査官(兼任)、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、2017年より現職。2015年、日本食品免疫学会賞受賞。著書に『牛乳と健康』(ライフサイエンス出版、分担執筆)など。