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家庭生活への牛乳・乳製品の浸透 明治・大正期に果たした医療関係者の功績

家庭生活への牛乳・乳製品の浸透 明治・大正期に果たした医療関係者の功績

代表研究者 梅花女子大学食文化学部食文化学科准教授:東四柳祥子

幕末から明治への転換期、西洋食文化との出会いの中で、日本人の食生活は大きく変化します。
欧米諸国の農業技術や畜産技術の導入にともない、新しい西洋野菜や果実、獣肉や乳製品などの動物性食品の利用が増加し、それらを使用した西洋料理や和洋折衷料理も方ほうぼう々で考案されました。

なかでも牛乳・乳製品は、医療関係者や知識人たちの尽力により、その効能が高く評価され、家庭生活や学校現場において健康食品として見直されるようになりました。

本研究では、先人たちの功績を紐解き、日本人と乳製品の新たな関係を明らかにすることを目指しました。

 

文献目録の肩書き、経歴から情報発信の必然性を探る

 イギリスのビクトリア時代の小説『紅はこべ』を大学の卒業論文のテーマにしたことをきっかけに、卒業後、同時代の大ベストセラー、イザベラ・ビートンの『家政読本』という料理書と出会い、食文化研究に傾倒しました。ビクトリア時代は日本の明治期にあたり、日本はビクトリア朝文化の影響を多大に受けています。その事実から、両国の料理書を比較することで、日本が取り入れたもの、取り入れられなかったものを検証し、日本らしさが根付いた過程を浮き彫りにしたいと考えるようになりました。特に明治・大正期の日本人は、海外の食文化にとまどいながらも、それらを理解しようと努める探究心を失いませんでした。時に苦い経験も伴っていたようですが、当時の書籍と向き合っていると、こうした試行錯誤の系譜のうえに、今の生活が繋がっていることをまざまざと実感することが出来ます。
 そのひとつに、牛乳、乳製品の受容があります。実際、明治の書籍には、乳製品のイメージがつかめず翻弄させられた日本人の様子が、いくつも紹介されています。そこで本研究では、牛乳・乳製品の悪いイメージを払拭し、定着させようと尽力した先人たちの軌跡を探り、それぞれの貢献の意義を確認することに努めました。
 研究手法としては、国立国会図書館、味の素食の文化ライブラリー、札幌市と函館市の中央図書館で文献調査を実施。明治・大正期に出版され、牛乳・乳製品に関する記述がみられた618 種の文献目録を作成し、記載内容をはじめ、執筆者の肩書きや経歴にも注目しました。併せて、家庭向け料理書に紹介された牛乳や乳製品を使った料理の出現状況にも着目し、国民になじみがなかった牛乳・乳製品の扱われ方や料理法についても考察しました。
 

哺乳法の推奨とともに、安全で清潔な使い方を紹介

 日本では、1870 年代以降、牛乳・乳製品の正しい知識や製造法について解説する書籍の出版が増加します。当初は、主に翻訳家たちによって手がけられた育児書や家事書、医学書などに、動物乳や乳製品の記述が含まれるようになります。なかでも牛乳の効能は高く評価され、病気療養時の栄養補給品として、また母乳の代用品としての利用法が紹介されました。

 1880 年代になると、牛乳を母乳の代用品として使用することを推奨する記述が、医師や研究者、女医や産婆など女性執筆者の著書から確認されるようになります。併せて哺乳法もわかりやすく解説されるようになり、コンデンスミルクの希釈法や牛乳の煮沸法、安全な哺乳器の扱い方などが、母親になる女性のみならず、出産や育児に携わる医師や産婆向けにも発信されるようになりました。
 
 
  こうした母乳の代用品としての牛乳・乳製品の哺乳法は、1890 年代になると「人工養育法」「人工栄養法」などと称されるようになり、牛疫や伝染病蔓延の状況と照らし合わせながら、より安全で清潔な使用法が模索されていくことになります。特に「人工養育法」という用語をはじめて用いた医師の三嶋通良は、嘱託で文部省の学校衛生にも関わり、牛乳の成分や使用法、貯蔵法、「乳のびん」の扱い方など、「人工養育法」の正しいノウハウを展開しました。

 しかし、三嶋は牛乳の哺乳法を肯定的に考える執筆者でしたが、その反面、批判的な見方をする執筆者もいて、賛否両論が繰り広げられました。例えば、小児科医の加藤照麿は牛乳の栄養過多を指摘し、離乳食に用いるものに米の「重湯」や鰹だしで煮た「おじや」など、昔ながらのものでも過不足はないとの見方を示しました。
 

大正期を迎え、家庭の定番食品へ

  肯定派と否定派、そのせめぎ合いの中で少しずつ発展してきた乳製品による哺育法は、1900 年代になるとさらに安全性を強調し、正しい乳製品の知識を伝える専門書の出版が相次ぐようになりました。その背景に、牛疫に加え、不正牛乳問題の横行が社会問題に発展したことがあげられます。これを受け、国も施策として、「牛乳搾取人取扱規則」(1878)、「牛乳営業取締規則」(1900)を発布。さらに、津野慶太郎(東京帝国大学農科大学教授)の活躍により、『市乳警察論』や『牛乳消毒法及検査法』など牛乳・乳製品を安全に管理するノウハウをまとめた書籍が多数出版され、国内初の乳製品の検査基準も明確に規定されました。以後、この検査基準に学んだ後続の執筆者たちにより、家庭向けにわかりやすく説かれた内容が、書籍の中に登場するようになるのです。
 
  1910 年代に入ると、牛乳・乳製品を家庭に取り入れることを奨める動きがより活発化します。その背景には、子供の死亡率の削減が急務とされた社会状況があります。これを受け、アメリカの乳製品推奨運動に範を求めながら、乳製品が児童の体格改良に適した食品であることを評価し、家庭や学校で推奨する動きが高まりました。

 1920 年代には、小学校医の岡田道一や北米沙市日本人酪農組合理事の福原克二らによって、牛乳は体格面、学業面双方において効果があることも主張されました。一層の盛り上がりをみせた同時期、牛乳を料理に応用する提案もなされ、津野慶太郎もまた『家庭向け牛乳料理』という料理書を執筆しています。
 こうした流れからも、明治から大正に移行した1910年代~1920年代は、牛乳・乳製品のイメージが、母乳の代用品から家庭の定番食品として再構築される重要な時期だったと考えられます。牛乳・乳製品の摂取を重んじることで、日本の子供の未来を守ろうとした執筆者たちのたくさんの思いを、私たちは近代の乳製品関連文献から受け取ることが出来るのです。
 
 
 

- 「わかりやすい最新ミルクの研究」2016 年度 -

 一般社団法人Jミルクと「乳の学術連合」(牛乳乳製品健康科学会議/乳の社会文化ネットワーク/牛乳食育研究会の三つの研究会で構成される学術組織)は、「乳の学術連合」で毎年度実施している乳に関する学術研究の中から、特に優れていると評価されたものを、「わかりやすい 最新ミルクの研究リポート」として作成しています。

本研究リポートは、対象となる学術研究を領域の異なる研究者や専門家含め、牛乳乳製品や酪農乳業に関心のある全ての皆様に、わかりやすく要約したものになります。
なお、研究リポートに掲載されている研究内容詳細を確認する場合は、乳の学術連合公式webサイト内「学術連合の研究データベース」より研究報告書のPDFをダウンロードして閲覧可能です。あわせてご利用ください。
 

2017年1月25日

家庭生活への牛乳・乳製品の浸透 明治・大正期に果たした医療関係者の功績

代表研究者 梅花女子大学食文化学部食文化学科准教授:東四柳祥子

- 「わかりやすい最新ミルクの研究」2016 年度 -

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研究報告書は乳の学術連合のサイトに掲載しています

研究の詳細は、こちらをご覧ください。

牛乳・乳製品の家庭生活への定着・浸透に尽力した人びと-明治・大正期を中心に- 

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我が国における牛乳乳製品の消費の維持・拡大及び酪農乳業と生活者との信頼関係の強化を図っていく観点から、牛乳乳製品の価値向上に繋がる多種多様な情報を「伝わり易く解かり易い表現」として開発し、業界関係者及び生活者に提供することを目的とした健康科学分野・社会文化分野・食育分野の専門家で構成する組織の連合体です。

乳の学術連合 

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