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TPP発効が日本の酪農乳業に及ぼす影響

TPP発効が日本の酪農乳業に及ぼす影響

北海道大学大学院農学研究院:清水池義治

本研究はTPP「大筋合意」の内容に基づき、実際に乳製品の関税が撤廃(0%)・削減(引き下げ)された場合、日本の牛乳・乳製品市場にどのような影響が及ぶかを明らかにしました。

その結果、TPP 発効により北海道での乳製品向け需要が減少し、余った生乳は都府県に飲用乳向けに移出が拡大。

2035年度は2015年度に比べて、都府県の生乳供給量が18.3% 減少する試算となりました。

さらにそれらを金額に換算すると、北海道と都府県を合わせた影響額は、生乳生産額ベースで1,300 - 1,400億円程度と見積もられました。 

 

高い関税を維持してきた乳製品も例外なく該当

 2015年10月、環太平洋パートナーシップ協定(以下、TPP)が「大筋合意」に至りました。TPP は、日本・米国・カナダ・メキシコ・チリ・ペルー・オーストラリア・ニュージーランド・シンガポール・マレーシア・ベトナム・ブルネイの12か国が参加する大型の経済連携協定(EPA)です。参加国が世界経済(GDP)に占める割合は約3分の1で、日本がこれまで加わったEPAでは過去最大になります。

 今回のTPPにより、日本は多くの農産物の関税撤廃や削減を受け入れることになりました。そのなかで、他の農産物と比べると相対的に高い関税を維持してきた乳製品も、例外ではなくなりました。乳製品はこれまで、輸入量の多いナチュラルチーズでも関税率は約30%、脱脂粉乳とバターには100%を超える関税が課せられていました。その上、脱脂粉乳やバターなどは国内で足りなくなった時や国際約束に基づいて一定量を国の管理下で輸入する「国家貿易制度」による輸入に限定されてきました。

 しかし、今回のTPP では、従来のEPAでは受け入れなかった大幅な乳製品関税の撤廃や削減が行われることになりました。しかも、TPP には、世界の有力な乳製品輸出国であるニュージーランド・オーストラリア・米国が参加しています。TPP が実際にスタートすると、日本の酪農乳業は非常に大きな影響を受けることが予想されます。

 ただ、米国に関しては、2017年1月に発足したトランプ政権がTPP離脱を宣言したため、TPP を発効する見通しが立たなくなりました。とはいえ、米国抜きでTPPを発効させる「TPP11」が2017年11月に「大筋合意」しました。さらに、日本・欧州連合(EU)経済連携協定(日EU・EPA)が2017年12月に「最終合意」に至りましたが、このEPAはTPP に沿った内容になっています。つまり、紆余曲折ありながらも現時点(2017年5月)でTPPによる影響を調査する意味は十分にあると考え、研究を進めました。
 

日本の牛乳・乳製品市場に及ぼす影響を分析

 本研究の目的は、TPP「大筋合意」の内容に基づいて、実際に乳製品の関税が撤廃(0%)・削減(引き下げ)された場合、日本の牛乳・乳製品市場にどのような影響が及ぶかを明らかにすることです。具体的には、乳製品輸入が増えた結果、国産乳製品の需要や国内で生産される生乳(酪農家の生産する未加工の乳汁)がどれくらい減少し、生乳価格(乳価)や生乳生産額がどれくらい下がるかを試算しました。そのために、乳製品分野におけるTPP「大筋合意」の特徴、関税撤廃・削減による品目別の影響予測、北海道と都府県における生乳の需要・供給の変化を分析しました。
 

乳製品分野におけるTPP「大筋合意」の特徴

 TPP における合意内容は、日本がこれまで経験したことのない水準での大幅な乳製品関税の撤廃・削減であることがわかりました。

 第1に、「自動承認区分」における関税の撤廃です。「自動承認区分」には輸入量の上限規制がないため、輸入が大きく増える可能性があります。対象となる品目は、ゴーダやチェダーなどハード系(硬質)のナチュラルチーズ、ホエイ(チーズの副産物で脱脂粉乳に似た成分をもつ乳製品)、クリームチーズ(乳脂肪45%未満)、シュレッド(刻み)チーズ、調製食用脂(乳脂肪とマーガリンの混合物)などです。関税撤廃については品目によって差がありますが、6年から最長21年かけて関税を徐々に下げていき、最終的に0%とします。

 第2に、TPP 参加国向けの「関税割当制度」の創設です。「関税割当」とは、年間の輸入上限量を決めた上で、その枠内に限って関税を撤廃・削減する制度です。脱脂粉乳、バター、ホエイ、無糖ココア調製品(ココアパウダーと粉乳の混合物)、乳製品食料調製品(砂糖と乳製品の混合物)などがその対象です。
 

影響が大きいホエイとナチュラルチーズ

 次にTPP 合意による「関税撤廃・削減による品目別の影響」を表1にまとめました。関税撤廃・削減で輸入が増えるかどうかは、輸入価格が国産価格よりいつ安くなるかです。輸入価格は大きく変化しますから、この間の輸入価格を参考に、国産価格と比較してみました。

 それによると輸入価格が国産価格を下回る時期は、「バター」「ホエイ輸入の影響による脱脂粉乳」「無機質濃縮ホエイ」は、発効後ただちにです。「脱脂粉乳輸入の影響による脱脂粉乳」は最短で1年目、最長でも5年目です。「自動承認区分」の「ナチュラルチーズ」は最短で1年目、最長でも15年目です。「関税割当区分」の「ナチュラルチーズ」は最短で1年目、最長でも8年目という結果になりました。つまり、ホエイやナチュラルチーズなど関税撤廃に至る期間が15 - 21年間と長い品目でも、TPPが発効すれば数年以内に影響が出てくる可能性があります。

 特に影響が大きいと思われるのが、「ホエイ」と「ナチュラルチーズ」です。ホエイの場合、ホエイ輸入によりヨーグルト用途を除く国産脱脂粉乳需要の半分、つまり約25%が減少し、ホエイの関税撤廃分ほど国産の脱脂粉乳の価格が低下する可能性があります。ナチュラルチーズの場合、輸入品と品質の違いがあまりないハード系(直接消費用、ソフト系のカマンベールやモッツァレラなどを除く)の約6割、並びに国産の半分を占めるプロセスチーズ原料用のすべてにおいて国産需要が失われると予想されます。輸入品と品質の違いがある一部の国産チーズ(ソフト系)は残存しますが、関税撤廃分は国産価格が低下する可能性が考えられます。

 一方、バターと脱脂粉乳は関税割当の数量がそれほど大きくないため、需要減少の影響は小さいと評価しました。ホエイについても、ナチュラルチーズの国内生産量が大きく減少する結果、副産物のホエイの生産も減ってしまうため、ホエイ輸入からの直接的な影響は小さいと考えます。
 

TPP 発効なしでも、2035年度には都府県の生乳生産量は2 6.1% 減少

 最後に「北海道と都府県における生乳の需要・供給の変化について」お伝えします。TPP では、関税撤廃に至るまでの期間が最長で21年間と長い品目もあり、長期的な影響をみていく必要があります。当然、生乳の需要と供給も、TPP 以外の要因でも変化していきます。そこで、本研究では、TPP 発効年度を2015年度とし、関税撤廃までの期間が最も長い「無機質濃縮ホエイ(タンパク含有量25%以上45%未満)」の21年間を基準に、2035年度時点での影響について評価を行うことにしました。

 輸入増加による生乳需要減少は、先ほどの品目別影響の検討結果を用います。ただし、北海道における生クリーム等向けと飲用乳向け、都府県の生乳需要は、TPP による影響は受けないものと想定します。生乳の用途別乳価の下落幅については、脱脂粉乳・バター等向けとチーズ向けは撤廃される関税分となります。生クリーム等向けは脱脂粉乳・バター等向けと同額となります。飲用乳向けは市場の競争強化によって下落するものとします。

 まず、TPP が発効していない状態での2035年度の生乳需給を推計します。生乳供給量(生産量)は、北海道で2015年度から横ばい、都府県で2010 - 15年度の傾向値で減少を続けるものとしました。生乳需要量は、日本全体の人口減少に伴い減少すると仮定しました。その結果が表2です。都府県では、2015年度と比較して2035年には26.1% も供給が減少します。需要に対して供給が足りないため、北海道のチーズ向けを都府県の飲用乳向けに振り替える必要が出てきます。北海道のチーズ向けが61.8%減少し、北海道の飲用乳向けが60.1%増加しているのはそのためです。

TPP 発効により生乳生産額1,300 - 1,400億円程度が全国で影響

 前述の品目別結果をもとに、輸入増加による生乳需要の減少量と乳価下落幅を生乳用途別に設定しました。分析を単純化するために、関税撤廃・削減による直接的な影響は北海道のみ生じると仮定し、北海道での乳製品需要減少を受けて北海道から都府県へ生乳移出が増加する結果、都府県では間接的に影響が生じるものとしました。

 TPP が発効している状態での2035年度の生乳需給への影響試算の結果を表3に示します。それによると、北海道における脱脂粉乳・バター等向け需要は29.9%、チーズ向け需要は61.3%ほど減少します。需要減少によって余った生乳は、北海道から都府県へ飲用乳向け移出拡大で処理されるため、TPP 発効後、北海道の飲用乳向け需要は35.2%増加します。一方で、北海道に飲用乳向け需要を奪われる都府県では、飲用乳向け用途の需要は21.0%の減少となります。需要を失った都府県の供給は減少し、都府県の生乳供給量は、TPP 発効によって18.3%減少する結果となりました。

 以上のように用途別供給量や用途別乳価が変化することで、北海道の用途別加重平均乳価は、最大で16.9%、最小で13.2%ほど下落します。平均乳価に供給量を乗じて金額に換算すると、それぞれ550億円と429億円に相当します。

 加えて、都府県における供給減少分の単価を120円/kg、残存する飲用乳向け乳価の下落分を20円/kg と大雑把に見積もると、都府県の影響額は900億円程度となります。北海道と都府県を合わせた影響額は、生乳生産額ベースで1,300 - 1,400億円程度と見積もられます。

 なお、今回の試算は、国産乳製品需要の輸入品との代替性に着目して分析を行いました。そのため、関税撤廃・削減の対象国がTPP 参加諸国からTPP 参加諸国と同等の輸出力を誇るEUへ変更したとしても、あるいはTPPと日EU・EPAが同時発効となったとしても、推計結果は大きく変わらないと思われます。さらに、本推計結果は、日EU・EPAの影響試算にも応用することができると思われます。


-「あたらしいミルクの研究」2017 年度 -

一般社団法人Jミルクと「乳の学術連合」(牛乳乳製品健康科学会議/乳の社会文化ネットワーク/牛乳食育研究会の三つの研究会で構成される学術組織)は、「乳の学術連合」で毎年度実施している乳に関する学術研究の中から、特に優れていると評価されたものを、「あたらしいミルクの研究リポート」として作成しています。

本研究リポートは、対象となる学術研究を領域の異なる研究者や専門家含め、牛乳乳製品や酪農乳業に関心のある全ての皆様に、わかりやすく要約したものになります。
なお、研究リポートに掲載されている研究内容詳細を確認する場合は、乳の学術連合公式webサイト内「学術連合の研究データベース」より研究報告書のPDFをダウンロードして閲覧可能です。あわせてご利用ください。
 

2018年5月22日

TPP発効が日本の酪農乳業に及ぼす影響

北海道大学大学院農学研究院:清水池義治

- 「あたらしいミルクの研究」2017 年度 -

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