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牛乳百科事典トップ > 異業種から見た理想の給食 日本の学校給食 ―― これから
Issued 2004/09/30

異業種から見た理想の給食
日本の学校給食 ―― これから

学校給食と食育を、料理研究家、医療従事者の視点からそれぞれ語っていただきました。

生き抜く力は、『食べ力』にあるということを知ってほしい

料理研究家/管理栄養士村上 祥子さん

料理研究家/管理栄養士
村上 祥子さん
 食べることは生きることに直結します。料理をすれば、鍋は熱いし油も飛びます。大人は、子どもがそれを身をもって知るまで待ってあげていてください。食事はファッションではないんです。生き抜く力は「食べ力」にあるのだということを、子どもたちにしっかりと理解させなくてはなりません。
 給食にしても子どもたちのご機嫌とりではなく、まずきれいに食べ尽くしてもらうことを前提にしてほしいですね。たとえば自分の手で作ったものなら、子どもたちは決して残しません。それが無理なら、せめて料理の出来上がっていくさまを見せて期待感を持たせてあげたい。高知県の小学校では、教室に炊飯器を置いてご飯を炊いています。私の理想ですね。その匂いや音が、子どもたちの想像力をどれだけ刺激することでしょう。
 誤解を承知で申し上げれば、ここ数年、学校の栄養士さんの「お母さん化」が気に掛かります。学校栄養職員はあくまでも教育者、給食を通して人間を育てるという立場にある方々なのですよね。
 食育とは、専門用語を並べてファストフードを摂ることを責めることではありません。そうした食事に頼りがちな子どもたちとその親に対して、食の楽しさや大切さを伝えていくことではないでしょうか。

コミュニケーションには、ある種の高低差も必要なんです

聖路加国際病院 精神科部長大平 健さん

聖路加国際病院 精神科部長
大平 健さん
 給食時のコミュニケーションって意外に難しいと思います。家庭であれば食べ物を買ってくる人、作る人、食べるだけの人とある種の階層がある、提供する側とされる側の関係ですね。ところが給食の場合にはこれがなくてみんな一緒、提供される側ですから。
 コミュニケーションとは何も話すことだけに限りません。でも心が動いて言葉の水がすっと流れてゆくには、そうした高低差も必要なんだと思います。牛乳もそうです。ふだんは味にうるさいわけでもないのに、牧場で「この牛から搾りました」なんて言われたらやっぱりおいしい。そこには食べ物をいただいたという実感があって高低差があって、だからこそ牛と通じるものがあるのだと思います。
 私は帰国子女なんですが、アメリカではみんなバラバラに給食を食べますよね。子どもだって1人で食べたいときもあるんでしょうが、日本では一斉に食べる。私は賛成ですね。世の中そういうこともある、多少のことは目をつむってみんなに付き合うという経験はすごく大切だと思います。
 先生にも「嫌な時もあるだろうけど経験として一応やっておこう」と子どもたちに言えるくらいの余裕がほしいですね。「みんなで食べることはすばらしい」だけでは自縄自縛になりかねませんから。