マーケティング WDS2013 - セッション3 -

前田浩史  一般社団法人Jミルク 専務理事

イントロダクション

  • Jミルクは、日本のミルクサプライチェーンを構成する酪農家・乳業者・牛乳販売店(ミルクマン)を会員とする業界横断的な非営利組織です。
    我々のミッションは、日本の酪農乳業の主要課題の解決に貢献することで、その一つが、牛乳乳製品の価値を高めるために適切なマーケティング活動を行うことです。
    本日、お話しします活動のコストは年間2億円です。これらは業界からの賦課金で賄われています。
  • ご案内のことですが、マーケティングとは、人々の満たされないニーズを発見し、そのニーズと商品の持つ価値を結びつけるためのプロセスです。
    このプロセスをJミルク事業の枠組みから考えると、主に三つのステージに分けることができます。
    第1段階は、人々の満たされないニーズを発見するステージです。
    第2段階は、ニーズを満足させる牛乳乳製品の価値を特定し、情報化するステージです。
    第3段階は、情報化した特定価値を、人々が理解できるように伝えるステージです。
    このプレゼンテーションでは、2年前から新たにスタートした現在の戦略において、3つのステージでどのような活動が行われているのか、そして、どのような成果が現れ始めているのかについて、主に飲用牛乳を事例にしながら、報告します。

ファーストステージ 人々の満たされないニーズを発見する

  • 人々の満たされないニーズを発見することは、極めて困難な作業です。
    何故なら、ニーズには、人々に自覚されている「顕在化したニーズ」と、依然自覚されていない「潜在的なニーズ」があるからです。
  • 言葉を変えれば、ニーズとは、人々が牛乳の何処に「価値」を感じるかということで、したがって、牛乳の価値にも顕在価値と潜在価値があります。
    Jミルクでは、こうしたニーズや価値を発見するため、多くの調査を実施していますが、その代表的な調査が、毎年度実施される、10,000人をサンプルとした「牛乳乳製品に関する食生活動向調査」です。
  • これらの調査は、われわれに多くの新しい発見を与えています。
    2012度の調査によると、牛乳の顕在的価値の代表的なものが、「カルシウム補給」、「骨を丈夫にする」、「栄養バランス」という機能的価値であることが確認されました。
  • また、調査を総合的に分析すると、牛乳の機能的価値として、「病気の予防」、「生活習慣病の改善」、「精神安定」、「骨の健康」の4つの機能への期待が強いことが分かりました。
    しかし、グラフからも分かるように、これらの機能の対する認知率をみると、牛乳が「骨の健康」に有効であることへの認知は大変高い一方で、それ以外の効能への認知はさほど高くありません。
  • また、日本人の健康に関する問題意識をみると、「骨の健康」への「問題意識」は低く、「病気予防」「生活習慣病改善」「精神安定・ストレス解消」への「問題意識」すなわち「取り組みの必要性」を多くの人が持っていることが分かりました。
    したがって、これらの三つの機能が、今後、顕在化させるべき牛乳の「潜在的価値」となります。
  • また、牛乳を良く飲んでいる人ほど、牛乳に関する「良い思い出」が多くあることも分かりました。
    牛乳に関する「良い思い出」は、その後の飲用行動の重要なトリガーとなっているようです。
  • 「良い思い出」の内容をみると、味や飲み方に関する体験に加え、学校給食や牧場での「思い出」が、多くみられます。
    すなわち、学校給食や牧場での体験は、人々と牛乳を強く結びつける「意味性や精神性」を持つ価値ともいえます。
    我々は、こうした調査を継続して行うことで、そう遠くない時期に、日本人における牛乳の価値構造の全容を明らかにすることができると確信しています。

セカンドステージ ニーズを満足させる牛乳乳製品の価値を特定し情報化する

  • 個別の商品に、ニーズを満足させる価値を際立たせたり付加したりする、いわゆるブランディングの仕事は、それぞれの企業で行われます。

    一方、Jミルクの仕事は、第1段階で発見したニーズと牛乳の持っている価値を、どのように結びつけることが戦略的に適切であるのかを研究し、一般化して、業界に提案することです。

    もちろん、その場合、ライフステージやライフスタイル別に、どのような価値が有効であるのかを特定することが必要です。ターゲティングとポジショニングです。
  • 社会が変化し、人々の生活行動や価値意識も変化するなかで、食生活課題も刻々と変化しています。

    家庭での食事機会は少なくなり、家庭の外で食事をする機会が急速に増えています。さらに、家庭内での食事においても、調理済みの食品をお店で買って食べる人々が増えています。
    こうした現象は、若い人々だけでなく、今や、高齢者でも同じです。
  • これらの結果、食品小売市場の規模は1995年をピークに縮小し始め、現在ではピーク時の約85%の約42兆円となりました。
    急速に拡大してきた外食市場は、1996年をピークに縮小しピーク時の約80%の約23兆円になっています。
    一方、調理食品市場は拡大し続けており、現在では約6兆円の市場規模になっています。
    さらに、所得の減少や格差拡大の中で、経済的理由で食事を減らしたり品質を落としたりする人々も増えています。
  • こうしたなかでJミルクは、変化する食生活課題と牛乳の価値を結びつける文脈を明確にするために、多くの学術研究者の支援を受けています。
    そのための組織が「乳の学術連合」であり、約1年前に設立されました。
    この組織は、栄養学・医学の研究者で作られる「牛乳乳製品健康科学会議」、経済学・文化人類学・マーケティングの研究者で作られる「乳の社会文化ネットワーク」、
    教育学・小児栄養学などの研究者で作られる「牛乳食育研究会」の三つの学術グループの連合体です。
  • 現在、約70名の研究者で組織され、毎年35件程度の委託研究が行われています。
    また、栄養学研究者や管理栄養士とともに、「日本人のための牛乳乳製品を活用したライフステージ別食生活モデル」の開発が現在行われているなど、複数のプロジェクトが動いています。

サードステージ  情報化した特定価値を人々が理解できるように伝えるステージ

  • まさにコミュニケーションの段階です。

    世界に共通している情報環境の変化があります。
    それは、インターネットやSNSの普及により、社会で流通している情報量が「爆発的」に増加していることです。
    しかし、人々が利用する情報量はほとんど増えていません。
    したがって、コミュニケーション活動の効率、すなわち人々に利用される情報の浸透率は極めて低くなっています。
  • 我々は、激変する情報環境、その中で、人々がどのようにして情報を接触し、どのような情報を選択し利用しているのかについて、その構造を明らかにし、それに的確に対処できるコミュニケーション戦略を構築することが必要となっています。
    この場合、特に重要な課題は、与えられた財源の範囲で最も効率的に成果を出すということです。
    そのためのキーワードは「選択と集中」です。
  • 我々は全ての人々とのコミュニケーションに成功する必要があります。
    しかし、全ての人々に直接的に情報を発信することは、極めて困難であり効率的ではありません。

    そこで、我々はエンドターゲットを母親に絞り込むことにしました。
    何故なら、このグラフからも分かるように、人々の牛乳飲用行動に最も影響を与えた情報源が「母親」であることが分かったからです。
  • 母親たちが、日頃接触している情報源は、テレビや新聞が依然多いものの、配偶者や友人などの身近な人々も重要な情報源となっています。
    私たちは、メディアが発信する情報の浸透度合いが急速に弱くなっているなかで、また、マスメディアでの広告に財源を投入する余地がない条件のなかで、こうした人々のつながりの中で行われる情報交流に入り込むことが重要だと考えています。
  • そこで、母親たちの行動に、実際に影響を与えている人々について調べました。
    結果、友人や同じ母親の知人が発信する情報に強く影響を受けていることが分かりました。この友達の特徴は、自分と同じ生活課題を共有し、なかでも経験や知識が豊富な身近にいるママ友です。
    また、研究者、医者・看護士、学校の先生などの専門家が発信する情報にも影響を受けているであることが分かりました。

    われわれは、前者を「ビッグママ」、後者を「ミルクインフルエンサー」と名付けました。
  • すなわち、母親たちは、自らの情報ネットワークの中核に「ビッグママ」を置いており、ミルクインフルエンサーが発信する情報を、「ビッグママ」の助けを借りて利用しているという状況があるようです。

    ここで大変重要なポイントは、「ビッグママ」は、一般の母親より外部からの情報を処理する能力が高いことです。
  • そして、「ビックママ」の情報の利用や交流は、インターネットやSNSの上で急速に拡大していることも分かってきました。
  • こうしたことを踏まえ、コミュニケーションターゲットをミルクインフルエンサーとし、中でも医師・栄養士・学校教諭に絞り込むことにしました。
    これが、ターゲットにおける「選択と集中」の内容である。

    加えて、新聞や専門誌などの活字メディアをサブターゲットとしました。
    これは、マスメディアで情報が露出することにより、発信する情報の客観性や信頼性が向上し、ミルクインフルエンサーやビックママの情報源として受け入れられやすいからです。
  • コミュニケーションのチャネルも大胆な「選択と集中」が行われています。
    メインターゲットであるミルクインフルエンサーとの主なコミュニケーションチャネルは、セミナーです。

    医師向けセミナーは、学会でのランチョンセミナーで、年間に5つの学会で開催され、1100名程度の医師が受講します。
  • 栄養士向けセミナーは、本年度は全国5地域で開催され、年間1300名程度の栄養士が受講します。
  • 学校教諭向けセミナーは全国5か所で開催され、学校の授業でどのようにして牛乳や酪農を理解させるのかについてのワークショップが行われます。
    セミナー参加者は絞り込まれており、年間300名程度が受講します。
  • これらのセミナーの他に、医学・栄養学などの専門雑誌、学校教諭向けの科目別専門雑誌で、ミルクインフルエンサーに定期的に情報を発信しています。
  • メディアターゲットのパブリック・リレーションズにおける情報発信は、メディア向けセミナーとメディア広報資料により実施されます。

    いずれも、メディアが、どの時期に、どのような健康情報を取り扱うのかを分析しテーマが設定されます。
    セミナーは年間4回の開催で、ほぼ毎回50名程度の記者が参加します。
  • かなり詳しいメディア向けの広報基礎資料も年4回程度発行されます。

    なお、以上のセミナーのプログラムや広報資料の制作・監修は、先に述べた「乳の学術連合」の研究者が濃密に関わっています。
  • 最後に、WEBサイトとフェイスブックを結びつけたコミュニケーション活動に触れます。
    WEBサイトは、ターゲティングに対応して専門的な色合いの強いものに改修されました。すなわち、一般の消費者を対象にしていません。

    現在のWEBサイトを閲覧する一日のユニークユーザー数は約1000名、閲覧ページ数は約3500ページで、確実に増加しています。
  • なお、公式フェイスブックを立ち上げ、フェイスブックからのWEBサイトへの誘引を試みた結果、WEBサイトへのアクセスは30~40%増加しました。
  • フェイスブック上でJミルクの情報を閲覧するファンの数は、現在約6600人です。
    情報を他の友達に拡散してくれる交流率は5%程度で、国内のフェイスブックの平均の5倍程度と高く、日本国内の企業や団体の公式フェイスブックの中でも上位10位以内に入るポジションにある。
  • 以上が、Jミルクのコミュニケーション戦略の全体像です。

    この戦略は、PDCAサイクルにより、常時、修正され、3年間に一度、戦略全体の見直し行われます。
  • 我々のコミュニケーション戦略の発想は単純で、母親たちの行動を左右する情報源である「ビッグママ」に効率的に影響を与えるための「選択と集中」です。

    ミルクインフルエンサー、ビックママも、社会におけるネットワークの結節点として存在し、その情報を処理し発信する高い能力をもっていることです。

    こうした人々のリアルなネットワークの構造は、社会学では、かなり早い時期から研究が行われてきましたが、その成果をマーケティングに活用することでもあります。

    マスメディアの影響力が薄れ、ソーシャルメディア上での情報交流が高い質を伴って急速に拡散する時代の中で、我々の取り組みが新たなコミュニケーション戦略のモデルとして、今後、発展することを期待しています。

酪農政策と経済 - セッション3 - ミルクインフルエンサーとのネットワークを 基盤とした新たなコミュニケーション戦略

IDF World Dairy Summit 2013のサイトはこちら