乳牛と共に生きる酪農家の仕事とは(全8回)

酪農乳業の姿

※ 第4回「将来的な自給飼料の確保に向けて」を掲載(5/2)しました。

 本コラムの執筆者は20年間、全国の酪農家を取材してきました。そこで多くの酪農家と出会い、接してきた中で、酪農家が共通して語る言葉は、「乳牛に生かされている」ということでした。ミルクを搾り生計を立てる酪農家にとって、乳牛はもちろん生活の糧であることは言うまでもありません。しかし一方では、「おいしいミルクを消費者に届けたい」という共通の目的に向かって、酪農家と乳牛は互いに支え合い、生活を共にするパートナーでもあります。

 良質なミルクを搾るため酪農家は乳牛の健康に気遣い、おいしい餌を与え、快適な環境を準備します。そして体調の変化をいち早く察知するため、乳牛を日々よく観察します。「牛をよく見る」。これこそが酪農家の原点であり、昨今話題のアニマルウェルフェアの観点とも繋がります。日本の酪農家は、乳牛一頭一頭を生き物として大切に扱います。

 この連載では、まずその事例の一つとして、しののめファーム(栃木県那須塩原市)の前田匡彦、晶子さん夫妻の取り組みについて取材した内容から、「乳牛」と共に生きる酪農家の本当の姿を全8回の連載を通して紹介します。

第1回 コールドストレスから牛を守る

マイナス10度以下の寒さ

 東京に生まれ酪農家になる夢を追い続け、ようやく念願の牧場経営者として就農した1年目の冬。北側から吹き込む寒風で、吹き抜けの牛舎は連日マイナス10度以下の寒さに見舞われました。乳牛が水を飲むウォーターカップは凍り、水も出なくなるなど、機械も軒並み故障しました。

 極端な寒さは、作業に支障をきたしただけでなく、乳牛にも影響を与えました。乳牛は寒さに強い動物といわれますが、マイナス10度以下が続くと流石に寒さによる影響「コールドストレス」がかかります。そうなると乳牛は、エネルギーを体温保持に使ってしまい、他にうまく回せなくなるため、乳量も減り、受胎率も下がってしまいます。
  • ロールカーテンで北風を防ぐ

カーテンの設置

乳牛を快適な環境で飼いたい前田さんにとって、乳量や受胎率もさることながら、必要以上にストレスをかけている状態が気がかりでした。今年の冬は何としても乳牛を「コールドストレスから守りたい」と考え、寒さが訪れる前に、牛舎の周囲の北側と南側にロールカーテン、西側と東側には厚地のドレープカーテンを取り付け、防寒対策をしました。

 酪農経営を始めた前田さんにとっては、まず、経営を軌道に乗せることで頭がいっぱいですが、その中で少しでも資金に余裕ができると、全て乳牛のために投資したいと思っています。今はまだ、潤沢に資金が準備できる状況ではないため、優先度の高いものから順番に設備を整えているところですが、その最初の投資がカーテン設置でした。

  • 牛舎をぐるりとカーテンで覆う

 牛舎の四方をカーテンで覆うことで、どのくらい寒さが緩和されるかはわからないそうですが、ひとまず乳牛を寒風から守れることは確かなようです。乳牛が少しでもストレスから解放されることを思うと、自分のことのように安堵しています。

  • 母牛になる前の育成牛も寒風から守る

第2回 廃棄されるコーヒーかす利用で環境問題に貢献

おがくずと混ぜて1か月発酵して敷料に

  • 乳牛の排泄物を集める晶子さん

 乳牛1頭が1日に出すふんの量は約45kg、尿は約13kgといわれています。乳牛は、体重にして600~700kgと大きな体で、ふんや尿を毎日、大量に排出します。

 しののめファームで前田匡彦さんと共に働く妻の晶子さんは1日2回、牛床に溜まった排泄物をゴムのヘラで集め、バーンクリーナー(ふん尿溝)に掻き落とします。そしてきれいになった牛床には、ふとん代りの敷料を補充します。

 しののめファームでは、敷料にコーヒーかすを使用しています。コーヒーかすは月に2回、20立米購入し、おがくずと混ぜて1か月発酵させます。水分が多いコーヒーかすはそのまま使用すると雑菌が繁殖し、乳房炎など病気を誘発してしまうので発酵は必須です。

  • 発酵したコーヒーかす置き場

乳牛とって快適な住環境は人にも優しく

 またコーヒーかすは、コーヒー工場から出た食品残渣物を再処理し、商品として新たに登録する専門の機関を通して購入しています。環境問題の観点からも、しののめファームでは副産物の活用を積極的に推進し、環境負荷の軽減への貢献も意識して牧場経営しています。

 さらにコーヒーかすには消臭効果もあります。牛舎内の臭いを減らすことで近隣に配慮するとともに、乳牛にも快適な住環境を与えています。 

  • おがくずと混ぜたコーヒーかす

  • 牛床を清掃し敷料を補充

第3回 削蹄は乳牛の生命線

削蹄師と連携した乳牛の健康管理

 乳牛は、4つの足の小さな蹄(ひづめ)で700kg前後の体を支えています。そのため、乳牛にとって蹄は、生活する上での生命線とも言われています。特に、酪農家が乳牛を飼養する管理方法によっては、蹄の伸びが早く、例えば半年に1回は蹄を切りそろえ、形を整えることが必要な場合もあります。

 40頭以上の乳牛を飼養する「しののめファーム」では、年に4回、削蹄師の藤田さんに依頼して、1回当たり10〜15頭のケアをしてもらっています。前田さんが現在の牧場経営を始める前に働いていた勤務先で知り合った藤田さんは、個人事業主として削蹄の仕事を請負っていますが、一頭一頭の乳牛全てを手作業で行い、乳牛をよく観察しながらの丁寧な仕事ぶりを高く評価して信頼していたそうです。

 蹄は年輪のように層になっていて、それを見れば今だけでなく過去の健康状態もわかると言われています。藤田さんも蹄を切りながら注意深く乳牛を観察し、病気の懸念があるとその都度、教えてくれます。削蹄時に乳牛の健康状態を把握できることは、酪農家の前田さんにとっても大きな安心感につながっています。

  • 削蹄する乳牛を相談する前田さん(左)と削蹄師の藤田さん(右)

    削蹄する乳牛を相談する前田さん(左)と削蹄師の藤田さん(右)

乳牛のストレス緩和にも重要な削蹄

 乳牛は蹄が伸びると、見た目はピエロの靴のように湾曲してきますが、そのような状態になると自らの大きな体を持ち上げて立つことも苦になり、すぐに座るようになってしまいます。そのため、乳牛が、飼料を食べるために立ったり、座ったりする動作までも億劫がるようになり、栄養不足や免疫機能の低下にもつながります。何よりも強いストレスに乳牛が常にさらされることになり、健康状態が著しく損なわれることも心配されます。
  • 削蹄後は乳牛の足取りも軽くなる

    削蹄後は乳牛の足取りも軽くなる

 乳牛は、よく食べ、よく寝ることが健康のバロメーターですが、それと同じくらい乳牛の蹄の状態も健康にとって重要だということです。前田さんは、毎日の乳牛観察で、餌の食いつきと立ったときの体のバランスに一番の注意を払っています。

 乳牛の体が左右どちらかに傾いていないか、前と後からもバランスを確認します。もしそこで体がどちらかに傾いていたり、足を痛そうにしていたりしたら、蹄をチェックします。少しでも問題がありそうだったらすぐに削蹄師の藤田さんに連絡します。藤田さんは2〜3日中には対処してくれるので、前田さんにとっては心強い存在です。

 削蹄は乳牛が動かないように枠場に固定し、1頭に時間をかけ、足の蹄を1本ずつ丁寧に長さと角度を整えます。そうすることで、乳牛は、安心して毎日を過ごせるようになります。そのためにも削蹄は、定期的な乳牛の体を労わるためのメンテナンスとしても欠かすことができない大切な仕事なのです。

  • 削蹄用の枠場に固定

    削蹄用の枠場に固定

  • 鉈(なた)とハンマーで蹄の形を整える

    鉈(なた)とハンマーで蹄の形を整える

第4回 将来的な自給飼料の確保に向けて

  • 土を起こして作付けの準備

    土を起こして作付けの準備

飼料価格の高騰が酪農経営に影響

 乳牛の健康的な体を維持するための「食」は、人間と同じように大切です。特に乳牛の飼料は、毎日、豊富な栄養素を含むミルクを生み出すために酪農経営の生命線ともいえます。

 しののめファームでは、TMR(Total Mixed Rations)を中心として乳牛に飼料を給餌しています。TMRとは、牧草を中心にした粗飼料、とうもろこしや大豆に麦などの穀類を中心にした濃厚飼料、その他必要な栄養素分をすべて一つに混合して飼料を給餌する方式です。混ぜる理由は、好きなものばかり食べてしまう傾向にある乳牛の「選び食い」を防ぐためです。

 現在、TMRを中心に補足的に自給したサイレージを乳牛に与えていますが、将来的にはこうした飼料を「全て自給飼料でまかないたい」と、酪農家の前田さんは考えています。なぜならば、海外からの輸入に頼ることの多い購入飼料は、現在の世界的なコロナ禍、海外紛争、各国の金融政策などにより大きく変動する為替相場が、飼料価格の高騰にもダイレクトな影響を与えてしまうことから、酪農経営の安定化が図りにくい要因の一つでもあります。

 さらに今後も、飼料価格の値上がりはあったとしても値下がりの見込みが薄いとみている前田さんにとって、自給飼料の確保は必須だと考えています。

  • 自給したサイレージを食べる乳牛

    自給したサイレージを食べる乳牛

  • 飼料は乳牛の体や酪農経営にも影響を与える

    飼料は乳牛の体や酪農経営にも影響を与える

周囲の評価で、1年で倍の広さ

 2020年にしののめファームの経営をはじめた前田さんは、最初に飼料栽培する飼料畑を2町歩(※1町歩は約1ヘクタール)ほどの広さからスタートしました。畑は近隣の酪農家から手を差し伸べてもらい、使っていない畑を貸与してもらいました。借りた畑は、大規模経営に移行した酪農家が広い畑を取得し手放したためで、小さい畑が点在化しています。

 一枚畑でないため、使い勝手として整備する際に効率的ではありませんが、「貸してもらえるだけでもありがたい」と前田さんは謙虚に受け止めています。そして一つひとつを丹念に整備し、初年に牧草として使用するイタリアンライグラスを作付けしました。それをサイレージにし、TMRで足りないところを補っています。

 2021年は、前田さんの誠実で丁寧な仕事ぶりが周囲の評判となり、1年で4ヘクタール、12枚(区画)の飼料畑に拡大しました。畑を貸してくれる人たちへの感謝とともに、堆肥をまいて土地を起こし、作付けをしながら、新たな自給飼料の準備を進めています。

 今後、牧場で育て全頭の乳牛を自給飼料で賄うとなれば、少なくとも6〜8ヘクタールの畑が必要になります。しかも量だけではなく、乳牛においしく食べてもらえるような質も求められます。先は長い道のりですが、まずは土づくりから始め、どの土地にどの種類の牧草を作付けするのが妥当なのか、毎日考えを巡らせています。

  • 飼料畑を1枚ずつ丹念に整備

    飼料畑を1枚ずつ丹念に整備

執筆:松原明子(オフィスラ・ポート 代表)