消費者の潜在ニーズに届く、牛乳の価値提案とは -「未来店舗」に見る売り場づくりのヒント-

j-milkレポートvol-10<乳の学術連合の窓>より

学習院大学経済学部教授・経営学博士 上田隆穂氏

乳の学術連合「乳の社会文化ネットワーク」では、牛乳や酪農乳業という産業の多面的な価値にも目を向けながら、牛乳の価値開発やマーケティングのベースとなる研究を行っています。

メンバーの一人である上田隆穂・学習院大学教授は、小売りの未来店舗のあり方に関する研究成果を踏まえ、昨年、店舗での実証実験を行いました。研究の概要と、実験から見えてきた牛乳の価値や売り場づくりのヒントをお聞きしました。

※「j-milkリポート vol-10」の掲載内容を加筆・再編集した記事です。

「売り場の未来像」を実際の店舗で検証

- 乳の学術連合における先生の研究テーマと、未来店舗に関する実験の概要をお聞きかせください。

上田:
私自身は、専門とする価格マーケティングや消費者心理に基づくセールス・プロモーションの観点から、いかに消費者に牛乳が好まれ、どういう形で提供すれば価値が増すのかをテーマに研究を行っています。
小売りの未来店舗に関する研究は、私たち学習院マネジメント・スクールと、小売り、サプライヤー、IT企業などで構成する産学協働プロジェクト「未来店舗の本質研究会」を2008年に立ち上げ、実施してきたものです。牛乳乳製品についても扱ってきました。これまでの調査研究の成果を検証するため、2012年11月の約1か月間、コープさっぽろの実店舗で実験を行いました。

家族・疑似家族が希望を生み、希望が消費を生み出す

上田:今回の店舗実験は、「生活者の希望が需要を生み出す」という経済学の前提に基づき、店舗による希望の創出という観点がコアになっています。
生活者にとって希望を生むもの(希望ジェネレーター)は、家族です。家族というのは、子どもが生まれるとそれを中心に強く結びつきます。子どもが手を離れると家族も縮んで、子どもが独立するとさらに小さくなる。そこで代わりになるのが「疑似家族」。友だちや地域コミュニティの人々、最終的にはペットまで含む概念です。
いまペット関連市場は大きく成長していますが、これは高齢社会を迎えた日本では当然の現象なのです。ペットを加えた疑似家族がとりわけシニア層にとっての希望ジェネレーターとなり、消費を促しているわけです。

ライフステージ別の情報提供で商品を訴求

上田:家族の形態や関係性はライフステージによって変わります。消費者をライフステージによって区分し、それぞれに適した訴求方法を採用することで、消費活動のベースとなる希望を生み出す。これが今回の店舗実験の基本的な考え方です。
具体的には、ライフステージを「妊娠期」「子育て期」「子離れ期」「シニア期」の4つに区分し、各ステージ別のコーナーを設置して、消費者の悩みの解決に役立つ情報を提示しました。例えば「子育て期」のライフステージ・コーナーでは、成長期の子どもにとって牛乳はこんな部分でいいですよ、そしてこう利用すれば友人親子と楽しく過ごせますよというような情報提示をします。
売り場では牛乳乳製品など4つの製品カテゴリーで、提示した情報に対応するクロスマーチャンダイジングを展開。他にも、コンシェルジュによる悩み相談、専門家によるセミナーや試食体験なども行いました。

新たな価値訴求で低価格に頼らない店づくり

- 実験の成果はいかがでしたか。

上田:
牛乳乳製品に関して言いますと、実験期間中の売り上げは全てのライフステージで上昇し、子育て期やシニア期では、実験終了後も高い値を維持しました。
そもそも“物が売れる”というのは、消費者が満たしてほしい潜在ニーズと、製品の持つ本質がマッチングしたときに価値が生まれて売れるのです。今までにない重要な価値を持つ製品であれば、ある程度高くても買ってくれるようになります。
今回の実験では、ライフステージごとに異なる潜在ニーズ(悩み)を探り出し、その解決に役立つ製品を提案することで、製品に価格以外の価値を付加することができた。それによって、値引きをしていないにも関わらず、以前よりも売り上げを上げることができたのです。
実験を行った店舗は、近隣にディスカウントストアが出店した影響で低価格競争に巻き込まれていました。この店舗も客層の一部を失ったのですが、客単価を上げることで全体の売り上げを落とさずに済んだのです。低価格に頼ることなく競争を勝ち抜けたと、店舗からは感謝されました。研究会としてやってきたことは間違っていなかったと感じていますね。

潜在ニーズと本質のマッチングがヒットを生む

- 消費者の潜在的なニーズとは何なのか、それはどうすれば捉えることができるのでしょうか。われわれは往々にして、表層的な、顕在的なニーズに留まってしまって、そこだけに着目した商品開発やコミュニケーションをしがちだと思うのですが。

上田:
まず、顕在ニーズも大事なニーズであり、これに適合するような価値の提示が必要だというのが大前提ですね。それ以外の重要なニーズとして、潜在ニーズがあるということです。
かつてある食品メーカーと共同で、シチューの価値提案の研究を行ったことがあります。例えばクリームシチューには、「子どもが喜んで野菜を食べてくれるメニュー」という価値があります。そのメーカーでは、家族の団らんとか、寒い時期に体が温まるといった訴求しかしていなかったのですが、実験後に、当初我々が主張していた「子どもが野菜を食べてくれる」という訴求をしたところ、大ヒットしたのです。
これは、子育て期の親たちが抱いている「子どもにもっと野菜を食べてほしい」という潜在ニーズと、商品の本質がマッチした事例です。

消費者自身が自覚していないニーズを探り出す

上田:この商品の成功例を見て、他のメーカーも「野菜が食べられる」という訴求を行うようになりました。最初に潜在ニーズにマッチする提案をしたメーカーや商品は、消費者からも高い評価を受けますから、ニーズをいち早く探り当てることが大切です。
潜在ニーズとは、文字通り消費者の潜在意識にあるニーズですから、消費者自身も明確には自覚していません。ただ、「こういう悩みや問題を解決してほしい」「こんな製品があったらいいな」という漠然とした感覚はあります。
私たち研究者は、消費者と1対1で行うデプスインタビューや、Webでのモチベーションリサーチといった手法を駆使して、消費者が言葉ではうまく説明できない部分や、無意識下にあって消費者自身には取り出せないニーズを探り当て、明らかにしていくわけです。
 

潜在ニーズにマッチする「牛乳+野菜」の提案

- 牛乳に対する潜在ニーズや、それに対応した売り場づくりはどう考えればよいでしょうか。

上田:実証実験でも明らかになったように、牛乳は子育て期とシニア期の消費者に最も訴求します。前者は、子どもの成長や健康を願う親として牛乳の栄養成分に注目する一方、子どもが野菜を食べてくれないことに悩んでいます。シニア期の消費者は、自らの健康への関心から牛乳に目を向けるのですが、本質的なニーズとしては野菜の方が大事だと考えていて、次に重視するのが牛乳乳製品です。
両者に共通するのは、牛乳が健康にいいことは知っているけれども、野菜の方が大事だという一種の「刷り込み」があること。つまり、牛乳と野菜がタッグを組めば最強になるということです。牛乳と野菜を組み合わせて、どのように食べてもらうかを具体的に提案することで、より潜在ニーズにマッチした訴求ができる。これが牛乳の価値提案のメインの方向性ですね。

牛乳を口にする場面・プロセスに即した訴求も

上田:もう一つは、牛乳を口にする場面です。昔は来客とコミュニケーションをしたり、休息したりする時は急須でお茶をいれていました。お茶をいれるというプロセスによってリラックスできたのです。ところが最近は、急須でお茶をいれる行為が減ってきて、カフェオレやカフェラテ、カプチーノに代わりつつあります。
つまりコミュニケーションや休息のためのプロセスに、牛乳が関わるようになってきたということです。このプロセスがやりやすくなる、充実するといった側面からの訴求が、もう一つの方向性になり得るでしょう。
牛乳の売り場においては、このふたつの方向性を軸にしたクロスマーチャンダイジングが有効だろうと考えられます。消費者へのインタビューや店舗実験を通じて見えてきたのはこの部分で、現在は具体的な提案方法まで踏み込んだ研究を進めているところです。

食生活全体における牛乳の位置付けを見直す

- 乳業メーカーはこれまで、プロダクトのイノベーションによって商品の価値を高めようとしてきました。先生のお話では、コミュニケーションのイノベーションと言いますか、食生活全体の中で牛乳を位置付け直すことが重要ということでしょうか

上田:根本はそれですね。そこから派生して新製品も生まれてくるでしょうし、それ以外のコミュニケーション戦略につなげてもいいわけです。根本さえ押さえておけば、バリエーションはたくさん出てくると思います。野菜入りのチーズやヨーグルト、牛乳などがあってもいいですよね。

「製品と消費者」両面に目を向けた価値開発を

- 商品の持つ価値と、消費者の潜在的なニーズやプロセスを結びつけるという発想は、メーカーのようなプロダクト志向の立場からはなかなか出てきません。例えば牛乳で言えば、カルシウムやたんぱく質といったベネフィットは理解できても、消費者のプロセスやコミュニケーションにまで目を向けるのは難しい。

上田:それは牛乳だけを見ているからでしょう。牛乳を研究していれば、栄養成分といった化学的な本質はよく見えてきます。しかし、潜在ニーズやプロセスに関しては、消費者自身を探らないとわかりません。
消費者の潜在ニーズを突き詰めた先に、本質が見えてくる。その本質に牛乳はどう役立つかということを考えれば、おのずとプロセスやコミュニケーションといった発想が出てくるのです。いまや製品だけを見ているだけでは不十分で、消費者というものをもっと考える必要がある。そのふたつを考えないと、答えはなかなか見えてこないと思います。

「売れない時代」にこそ必要なマーケティング

- 消費者の顕在的なニーズと製品の価値を結びつけることは比較的容易ですが、潜在的なニーズと結びつけるという考え方に対して、メーカーには一種の抵抗があるようにも感じます。他の業界の現状はいかがでしょうか。

上田:みんなそうです。だから日本のメーカーの多くが苦しんでいるのです。物を作れば売れる時代には、消費者の潜在的なニーズなどは誰も考えないものですから。
需要よりも供給が大きくなってマーケティングというものが生まれ、そのマーケティングも進化しているのです。消費者は、自分の問題を解決するために何が必要かということを明確には理解していない。それを取り出して、製品の価値とマッチングさせることで対応してあげるという手法が、私たちが考えるこれからのマーケティングです。

価格・価値の研究とマーケティングの進化

-これからのマーケティングにおいては、製品の「価値」をどう捉えるかという点も一つのポイントになりそうですね。フィリップ・コトラーの価値構造モデルのようなものもありますが、私たちは価値の分類や位置付けをどう考えればよいのでしょうか。

上田:例えば時計なら、時を知らせてくれるという基本的価値があり、その上に耐久性が高いとか太陽光で充電できるといった機能的価値がある。さらに、見た目が美しいといった情緒的価値があり、最後に本質的価値、自己表現価値とも言いますが、所有者の人となりを表してくれるという価値がある。
こうした四層構造であるという程度までしか、価値の研究はなされていないのが現状です。ライフスタイルによって価値が異なるといった研究もありますが、十分な検証はなされていません。他にも、根本の価値と、それを実現するためのプロセスの価値であるとか、いろんなものがあるとは思うのですが、その点はまだ整理されていないと思います。
ご承知の通り、マーケティングでは4P(製品=Product、価格=Price、流通=Place、プロモーション=Promotion)という言葉がよく使われますが、その一つである「価格」の研究者でさえ、世界的に見ても両手で数えられるくらいしかいません。価値の研究が不十分なのはある意味当然なのです。マーケティングは、今後も進化や発展の余地の大きい研究分野であるということです。

メーカーと業界団体の役割分担で価値向上へ

- 最後に、Jミルクのような業界団体と乳業メーカーの、価値向上対策における役割分担の可能性についてお聞きします。

上田:ミルク中心の発想で牛乳乳製品のベネフィットの本質を探る部分はメーカーが担当し、消費者のニーズの本質に関わる部分はJミルクのような団体が担う。こうした価値開発の役割分担は有効だと思います。両者の成果を組み合わせることで、消費者に対しても、牛乳の価値を多面的に捉えた、より効果的な訴求ができるのではないでしょうか。

- 私たちJミルクとしても、消費者の潜在ニーズにマッチする牛乳の新たな価値提案に取り組んでいきたいと考えています。本日はありがとうございました。