「提言」を読んで—全国酪農青年女性会議
小森 崇宏 委員長に聞く

j-milkリポートvol-36より

【インタビュー】全国酪農青年女性会議 委員長 小森崇宏氏

——提言に目を通されて、どう感じましたか?

小森氏 海外情勢、例えばTPP11とか消費の動向、アンチミルクなどが網羅されています。こうして現状やトレンド、課題などが一つにまとまっていると、やはり「業界として、大きな問題がいくつもあるんだな」と改めて感じます。
今後、何を目指せばいいのかという方向性が整理されたことも大事。
将来を考えるための題材や考え方が示されているので、それを地域や個々の経営などに落とし込んだとき「自分は今、何をすべきなのか」と、それぞれの考えで動いていけます。

——内容のうち、心に響いたのは主にどの部分ですか?

小森氏 私個人としては、「価値を高めていこう」という部分ですね。牛乳乳製品・酪農の価値を高めるための取り組みが書いてあります。例えば、地元の青年部支部が子ども向けに搾乳体験をやっています。それをきっかけに、牛乳をいつも残していた子が飲むようになったとか、そんな話を後で聞くことも多いです。こうした取り組みは当初、”消費拡大のために”という趣旨が強かったと思うのですが、”酪農の価値を高める”ためにもプラスになっていたんだな、酪農だからこそできる社会への貢献なのかなと気付き、良かったと思いました。普段、酪農家としての自分の仕事をしているだけだと、なかなかそこに気付く機会はないかもしれません。

 また、「社会の要求に応える」と行動計画が掲げられていますが、酪農家には地域や、地域の農地を守る使命もあることを再認識しました。私の周辺も含めて、酪農家が「米を作ってほしい」「うちの田んぼを耕して」と頼まれるケースが多いです。米農家の多くが兼業で、年齢もどんどん高くなっています。なかなか後継者が見つからない状況で、地域の農地を守るために酪農家が頼りにされる、それに応えることも、期待される重要な役割なのだなと。

 酪青女の委員長としては、二つのことを感じています。一つは、この提言を多くの若手に知ってもらい活用してほしいということ。二つめは、消費者など業界の外部に対して、書かれている酪農乳業の現状や取り組みを理解してもらうためにもこの提言を使えるということ。

 生乳生産目標数量(最大800万トン)も記載されています。特にこれは若手酪農家の心に響くのではないでしょうか。これだけ必要とされるわけでしょう。「これからの酪農にチャンスはある」というメッセージになると思いますね。自分が就農した時は(乳価が上がっておらず飼料代も高騰したため)”搾るな”という時代だったのですが、今は違います。それに、地域の水田もどんどん酪農家に耕作が任される時代になっているということは、自給飼料を増やすという意味でもチャンスだと思います。

 そこを考えたとき、若い人ならば、投資をして、牛舎を建てて、と考えるでしょう。それが一つの方向性。でも、高齢で後継者もいないというような酪農家——高齢の酪農家へのアプローチも重要ですから——にも、このメッセージは響くと思います。「廃用をできるだけ出さないように気を付けよう」とか「もう1産搾ってみよう」と思う人が出てくると、環境は違ってくると思います。生産を「増やす」だけじゃなく「落とさない」ということも大事ですから。

——今回、酪農(生産者)と乳業者が共同で提言をまとめたのは初めてでした。この点についてはどうですか?

小森氏 初めて一緒にまとめたということは意義があると思いますよ。酪農家は、普段の生活の中では乳業との接点はなかなかないし、乳価というところばかり気になります。
 でも、酪農家は、搾った生乳を、乳業メーカーを介さずに消費者に届けられるわけではないし、乳業メーカーも生乳供給が止まるとやっていけませんから、持ちつ持たれつの関係です。
 今回、提言という形で読んで、やっぱり「酪農と乳業はパートナーなんだな」という認識を持ちました。

——小森さんは会社勤務の後、実家を継いで就農されたのですね。当時と今とでは”時代背景”はだいぶ違いますか?

小森氏 大学を出て就職した後、結婚して栃木に戻ってきたのですが、戻っても忙しく、両親とはなかなか時間も合わなくて込み入った話ができませんでした。両親は(自分が酪農を継ぐことは)半ば諦めていたみたいです。でも30代半ばに差し掛かり、実家を継ぐには「これがラストチャンス」と思い、決心して2006年、35歳の時に就農しました。両親には何の相談もなく、一方的に「会社やめて家に入るよ」と告げて就農したような感じでしたね。

 ただ、就農時は、あと数年で酪農を廃業してもおかしくない状況でした。搾乳牛は12頭ほどで、乳質も決して良くなかったんです。地元の議員をしていた父が家を空けることも多かったし、私が就農予定と確定していなかったため、親としても規模拡大や新たな設備投資に踏み切れなかったんですね。

 まず、牛舎の環境を変えようと考えました。会社員時代に衛生管理について知る機会もあり、衛生面や、牛舎が散らかっていたことが気になったんです。意識的に修理や掃除、整理整頓をするなどしました。また、飼養の面では、当初は知識も経験もゼロだったので、酪農とちぎの技術顧問や飼料会社などに教わりながら改善を試みていきました。

 ただ最初は、にっちもさっちもいかなかったですよ。就農直後の1、2年は乳価が上がる前で、餌は高かったですから。減産している時代で、搾っても枠を超えるとペナルティーでしたし、頭数も増やせない。きつかったですね。最初の半年ほどは「駄目かな」とも思いました。でも1、2年すると乳質が上向いてきて、乳価も上がったので経営が改善しました。

 だからこそ、昔と違い今は”搾れる”環境にあるということは、実体験を踏まえて若手にアピールしたい。それだけ、儲かるチャンスがあるということです。そういう部分がないと、やりがいも出てこないですよね。

——環境をきれいに保つよう心掛けていらっしゃるということですが、これは提言でも記述しています。具体的にどんな取り組みをされていますか?

小森氏 今では牛舎は1日に最低4回、糞尿をかくようにしていますし、敷地内に花も植えています。通路も定期的に掃きこんでいます。いちど汚れてしまうと、元に戻すのが大変なので、汚れないうちに掃除をするようにしています。また、堆肥を運ぶ際も道路などにこぼさないよう注意します。他に、牛舎内を明るくしたかったので、新しく建てた牛舎は屋根の一部から光が入るようにしています。

——提言では、消費者が、酪農が環境に与える負荷や家畜福祉などを意識するようになり、その表れとして植物性原料で作る”代替食品”が増えていることにも触れています。欧米では政府レベルでも乳製品の摂取を抑えようとの動きもあります。こうした動きについては、どう感じていますか?

小森氏 日本ではまだ欧米ほど大きな話題にはなっていないとは思いますが、今後、こうした考えや動きが広まってもおかしくないな、とは思います。

 (酪農・乳業への理解や共感をさらに広げるため)私たちとしては、子どもが「牛が好き」「かわいい」と思ってくれるとか、においや鳴き声、堆肥などの問題で周囲に不快感を与えないとか、そんなところが出発点なのかなと思います。身近なところからできることを一つ一つ積み重ねることで、大きな問題の解決も見えてくるのではないでしょうか。

——Jミルクにはどんなことを期待されますか?

小森氏 私たち生産者はどうしても乳業との接点がありません。しかしJミルクは酪農乳業の団体であり、双方の間を取り持つことができます。乳業が酪農に求めるもの、酪農が乳業に求めるものが、うまくマッチして、良い方向に行けるために力を尽くしてほしいと思いますね。
  • 小森 崇宏 (こもり たかひろ) 氏全国酪農青年女性会議 委員長
     栃木県那須烏山市で搾乳牛42頭、育成牛(自家育成)31頭を飼養し、他にデントコーン(約9ヘクタール)、イタリアンライグラス(約1ヘクタール)、水田(約4ヘクタール)などを栽培。2017年から全国酪農青年女性会議委員長を務める。
  • 妻の美佳さんと小森牧場を切り盛りする小森さん
  • 小森さんの新しい牛舎は、屋根部分からも採光できるようにするなど環境を明るくする工夫が凝らされている。