ミルクバリューチェーン
いせはら地ミルクプロジェクト 座談会(神奈川県伊勢原市)
「いせはら地ミルク」が映す持続可能な地域酪農の姿

j-milkリポートvol-39より

「生産者の顔の見える牛乳」づくりを通じて、地域の酪農を盛り上げ、次世代につなげていきたい。そんな酪農家の思いに、行政や乳業メーカー、市民が賛同し、商品化されたのが「いせはら地(じ)ミルク」です。地域発のブランド牛乳がどのような価値を生み出し、酪農の持続可能性にどう貢献しているのか。プロジェクトチームの皆さんにお聞きしました。
(聞き手=前田浩史・Jミルク専務理事)
  • プロジェクトチームメンバー
    (前列左から)
    石井 敏貴 氏 (石井牧場)
    石田 陽一 氏 (石田牧場)
    荒井 新吾 氏 (荒井牧場/プロジェクトリーダー)
    岩本 恵吾 氏 (タカナシ乳業株式会社 酪農原料部)
    (中央左から)
    田邊 香音 氏 (神奈川県 畜産技術センター 普及指導課)
    増田 美空 氏 (神奈川大学 国際経営学科2年)
    大竹 麻友 氏 (神奈川大学 国際経営学科2年)
    青木 恵菜 氏 (神奈川大学 国際経営学科2年)
    (後列左から)
    井澤 清 氏  (神奈川県 湘南家畜保健衛生所 企画指導課)
    仲澤 慶紀 氏 (神奈川県 畜産技術センター 普及指導課/事務局)
    陶山 協節 氏 (伊勢原市民 プロジェクトチーム応援団)
    木田 理恵 氏 (伊勢原市民 プロジェクトチーム応援団)
    萩野 雄貴 氏 (伊勢原市 農業振興課)

地域酪農の拠り所となる〝自分たちの商品〟づくり

 前田浩史(以下、前田) この特集で提案しているのは、「サプライチェーンからバリューチェーンへ」という考え方です。牛乳乳製品の価値を生産流通の現場から消費者に伝え、Win-Winの関係をつくっていくためには、価値のある商品づくりと、その価値を供給する仕組みを構築する必要があります。このバリューチェーンが持続可能な食料供給のシステムとなり、そこに地域の酪農乳業が位置づけられることで、産業としての持続可能性も高まっていきます。
 牛乳は成熟化した商品で消費者の価格志向が強く、新しい価値を付加することが難しい上、流通管理も容易でないという特性があります。そうした課題に正面から取り組んで商品化まで実現した「いせはら地ミルク」は、地域のバリューチェーンづくりのモデルにもなり得る事例だと考えています。
 まずはリーダーでもある荒井さんから、プロジェクトを立ち上げた動機と経緯をお話しいただきたいと思います。

 荒井新吾 氏(以下、荒井) 伊勢原市は県内でも有数の酪農地帯で飼養頭数も多いです。私はこの地で自給飼料を使った循環型酪農を実践し、こうした取り組みや地域の牧歌的な景観を、次の世代にも残したいという思いを強くしてきました。
 7年ほど前に市の畜産会長に任命され、県庁畜産課の仲澤さんにお会いした際、地域酪農の拠り所となる「生産者の顔の見える牛乳」をつくれないかと投げかけたことが、プロジェクト発足のきっかけです。

 仲澤慶紀 氏(以下、仲澤) 当時の私は畜産課で肉牛と養鶏を担当していました。県内の養鶏、養豚、肉牛農家は各50戸前後に減っていますが、この方たちに共通するのは、「うちはこれだよ」と言える〝自分の商品〟を持つ農家さんが生き残っていることです。
 牛乳という差別化の難しい食品で「顔の見える商品」をつくるためには、専門家の力が必要です。ちょうどその頃、商品化ノウハウを持つ民間コンサルタントを、県の畜産会経由で生産者グループなどにアドバイザー派遣する事業に関わっていたので、これを活用すればヒントが得られないかと考え、荒井さんにもご紹介しました。

  • 酪農乳業関係者に加え、行政や市民、経営を学ぶ学生らがメンバーとして参加

メーカーの優れたノウハウで洗練された商品づくりが実現

 前田 実際の商品づくりはどのような過程で進められたのでしょうか。

 仲澤 まずは店舗での聞き取りや消費者へのグループインタビュー、市民へのアンケートなどの市場調査を行いながら、商品コンセプトを議論しました。この作業に丸2年かかったのですが、いま振り返ってもこの時期が一番苦しかったですね。
 コンセプト検討の途中で酪農家の石田陽一さんが農場HACCP認証を取得し、荒井さんと石井敏貴さんも続きました。また消費者の意見も取り入れたいということで、木田理恵さんら消費者の方にも応援団として参加していただきました。経営環境の変化や消費者目線の新たな発想が加わり、コンセプトが徐々に見えてきた段階で、商品化にはメーカーの力が不可欠ということでタカナシ乳業さんにご協力をお願いしました。

 岩本恵吾 氏(以下、岩本) 弊社としても神奈川県の酪農基盤の今後を危惧していたところです。酪農家さんの本気の思いに触れ、ここを突破口に神奈川県の酪農、ひいては日本全国の酪農が少しでも盛り上がってくれたらという気持ちがわきました。行政や消費者の応援団も加えて、神奈川の地域コミュニティを盛り上げたいという趣旨にも賛同し、参加させていただきました。

 前田 地域で酪農を続けたい、神奈川の酪農を支えたいという思いや責任感からスタートされた事業ということですね。消費者の方々も交えた話し合いを通じて、「新鮮さ」「徹底した衛生管理」「地元の消費者と一緒につくる商品」「牛を家族のように大切にする」「地元産の牧草やトウモロコシを餌にする」「地元産の生乳100%でつくる」といったコンセプトが出ていたそうですが、これを商品として具体化する作業にも苦心があったのではないでしょうか。

 岩本 皆さんの理想もありますが、われわれの理想もあります。メーカーには価値のある商品を安定してお届けするという責任がありますから、その部分に関しては率直な要望をお伝えしました。
 プロジェクトに参加する酪農家さんは3戸で、1戸の割合が大きい分、成分や風味の微妙な変化なども商品に反映されやすくなります。実際の搾乳現場も見せていただきながら、欠品を出さないためにも生乳の量と乳質をしっかり確保してほしいというお話をずいぶんしました。酪農家の皆さんのご苦労もあって実現した商品です。
 弊社が担当する技術的な面では、79℃で15秒という高温短時間殺菌で生乳本来の味わいを大切にしています。ホモゲナイザーを極力かけない点にもこだわっておりまして、「クリームが浮かぶ」とか「口当たりがいい」といったお客様の評価にもつながっていると考えています。

 石田陽一 氏(以下、石田) タカナシ乳業さんに参加していただけたことは、商品化実現への大きな転機だったと思います。パッケージデザインも含めた商品づくりのノウハウや流通網など、タカナシさんには私たち酪農家が持っていないものが多くあります。これだけ洗練された商品コンセプトで、品質を保証できているのは、メーカーと生産者がコミュニケーションを密にして、お互いを思いやりながらWin-Winの関係を築こうという意識を共有できたからだと思っています。
  • 「生産者だけの頑張りでは成り立たなかった計画。メーカーや市民消費者の力も大きかった」と話す荒井氏と仲澤氏。

消費者とのつながりを実感し飼養環境・酪農経営の改善に

 前田 発売から2年半が経ちますが、「いせはら地ミルク」を通じて考えたことや、ご自身の中で変化したことなどはありますか。

 石田 市民の方々から声をかけていただく機会が増えたことで、自分の牛乳がどんな商品になってお客さんに飲まれているのか、常に思いを馳せるようになりました。自然と乳質にこだわるようになり、牛舎内の環境や清潔さにもさらに気を配るようになるなど、自分の行動が変わりました。それが乳房炎など牛の病気の減少につながり、繁殖成績がよくなって経営全体がよくなっている印象、確かな手応えをいまは感じています。

 石井敏貴 氏(以下、石井) 私は大学卒業後の就農間もない時期に荒井さんに声をかけていただきました。大学時代から6次産業化に関心があったので、それに近いことができる面白い活動だと感じて、当初は単純に自分の牛乳を売りたいという思いで参加しました。
 しかし牛乳の商品化に関わる中で、単に売りたいだけではだめで、酪農に対する市民の理解を深め、メーカーや消費者に求められている牛乳を生産することが大切なのだと気づかされました。現在は自分の牧場のため、いい牛乳を生産していくためという目的意識を持って関わっています。

 前田 自分の仕事を消費者や社会の立場から見ることで、意識が広がったり変化したりして、行動が変わっていく。それが結果的に経営にもプラスになるという、いい循環が生まれている気がしますね。応援団として参加された木田さんは活動を通じてどんなことを得られましたか。

 木田理恵 氏(以下、木田) ゼロからものをつくり上げて商品化していくプロセスに関われたことは、一人の消費者としても勉強になりました。ひとつは、「ものの価値」を実感できたことです。もっと安価な牛乳もある中で、「いせはら地ミルク」はなぜ1本220円(税込)という価格設定なのかをきちんと理解することができました。
 もうひとつは、私たちの食生活を支える仕組みを知れたことです。私たちはスーパーに行けば毎日当たり前に牛乳を買えるし、飲むことができます。そうした便利さは、酪農家さんやメーカーの皆さんの不断の働きによって支えられていることを理解できたのが大きかったです。当たり前を当たり前と受け止めてはいけないと感じましたし、それをお友達や主婦など、ものを買う立場の人にもうまく伝えられたらいいなと思っています。

 前田 活動をマネジメントする行政には、地域経営や酪農振興など別の視点もあると思います。萩野さんは伊勢原市の地域経営に関わるお立場ですが、いかがですか。

 萩野雄貴 氏(以下、萩野) 冒頭で荒井さんもお話しされたように、伊勢原市は県内でも生乳生産量が最も多い地域です。一方では宅地開発に伴う都市型酪農特有の課題もあります。この地ミルクを通じて、市民の皆さんに地元の酪農業を身近に感じていただけることは、酪農への理解促進や地産地消の推進という点で大きな意義があると思っています。「いせはら」という名を冠した牛乳ですから、市外へのPRにもなる商品として今後もバックアップしていきたいと考えています。
  • 石井氏は「消費者とのつながりを実感できて仕事への意欲も高まる活動。若い世代にも広げたい」と話す。

酪農の多面的価値の共有が地域での持続可能性を高める

 前田 伊勢原の酪農の課題というお話が出ましたが、地域の酪農が持続可能性を高めていくためには、この商品も含めてどんなことが必要だとお考えですか。

 石田 私の牧場は現在40頭~50頭規模ですが、この伊勢原の地では100頭、200頭の規模には拡大できません。そこで求められるのは、やはり品質での勝負です。品質を追求するようになると、先ほどもお話ししたように牛の健康が自然によくなってきます。
 私の場合は農場HACCP認証を取得したことで、飼養衛生管理のPDCAが回るようになったこともありますが、消費者に思いを馳せるという習慣を持つようになったことが大きいです。自分のつくった生産物は誰かの口に必ず入る。だとしたら、いまのこの衛生基準や牛舎の清潔さはこれでいいのかという価値判断を、どの酪農家もするべきだと思います。そうすると自然と乳房炎が減って健康状態も良くなり、頭数が同じでも乳量が増えます。それが生産力の向上という点でも、アニマルウェルフェアへの対応という面でも、酪農の持続可能性につながるのではないかと思います。

 石井 いま市内の酪農家は30戸で、若手後継者も入ってきています。そういう人たちにも「いせはら地ミルク」に参加してもらいたいですね。プロジェクトに加わると消費者の方から「おいしかったよ」と言ってもらえるし、生産者としての意欲が高まって毎日の仕事にも精が出ます。それによって、石田さんが言われるように乳量が増え、販売面でももっと多くの人に飲んでもらえるチャンスが増えます。

 萩野 伊勢原市の農業という視点で見ると、果樹なども含めた農家自体の減少と共に荒廃農地が増えているという課題があります。そこでいま、伊勢原市の農家さんには荒廃農地も活用した自給飼料づくりに取り組んでいただいており、農地の保全という点でも酪農の果たす役割は大きくなっています。

 前田 確かにこの地域での大規模化は困難ですから、一定規模での酪農が存続できる仕組みをどうつくるかがポイントになります。そのシステムの真ん中にこの商品が存在することで、商品の価値もさらに高まるということでしょうね。
 農地を有効活用する酪農家は、地域の食を支えるだけでなく、伊勢原の景観や地域を守ることにも貢献しているという点について、木田さんは市民としてどう思われますか。

 木田 伊勢原が持つのどかさ、空と地面の比率が極端に変わるような展開はしてほしくないです。
 三つ子の魂百までと言いますが、ふるさとの風景や食べ物、飲み物の味など、小さいときに体験したことは大人になってから必ず思い出します。その意味でも、伊勢原という後ろ楯があってこそ「いせはら地ミルク」が成り立っていることを、子どもたちにも理解してもらうことが大切だと思います。その子たちが大人になって家族を持ったとき、地域のことを思いながら、自分の子どもにもこの牛乳を飲ませてくれることが希望ですね。
  • 発酵牛糞堆肥も自家生産(右)する循環型酪農に取り組む石田牧場。県の畜産環境コンクールでは知事賞を4年連続受賞し、殿堂入りしている。

豊かな関係性と価値を創る地域ネットワークのハブに

 前田 地域でバリューチェーンをつくっていく、持続可能な酪農や循環型経済をつくっていくための価値づくりやものづくりは、通常の企業活動とは異なる方法が必要です。そのことを考える上で、今日はいいヒントをいただけた気がします。まとめとして荒井さんに、「いせはら地ミルク」のこれからについてお聞きします。

 荒井 地ミルクに取り組んでいるのは伊勢原市の3軒ですが、やがて市内全体、さらには県内へと広がり、神奈川の地ミルクが生まれることを理想として始めたプロジェクトです。廃業者が1軒でも少なく、後継者がどんどん育っていくような神奈川の元気な酪農ができればいいなという思いを抱きながら、これからも活動を続けていきます。

 前田 人やもの、お金、情報などが地域のネットワークを循環することで豊かな関係性が育まれ、そこから新たな価値を生み出し共有する、それが地域循環型の経済です。皆さんのお話を聞いて、「いせはら地ミルク」は地域のネットワークを結ぶハブの役割を果たしていると感じました。この地ミルクを通して酪農や地域や食のさまざまなことを考えるとき、商品そのものが認識の共有化を促します。そのときこの商品は、飲用牛乳としての価値だけでなく、別の価値も生み出すわけです。こういう商品をつくれるようになれば酪農の持続可能性も見えてくる気がします。
 今後も地ミルクを支えるプロセスの中で、新しい価値がこの地域から生まれてくれば素晴らしいと思います。また「いせはら地ミルク」の取り組みをモデルにして、地域の食料システムや酪農の持続可能性を高める取り組みが全国に広がることを期待しています。本日はありがとうございました。
  • 白・緑・青が映える清潔感あるパッケージデザインも、プロジェクトチームと応援団、タカナシ乳業との共同開発によるもの。びん容器の周囲と天面には遮光性の高いフィルムとシールを使用し、光による風味の劣化を防いでいる。
「タカナシいせはら地ミルク」
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タカナシミルク web shop)https://www.takanashi-milk.com