ミルクと生きるひと Vol.1
We Value Our Relationship.

j-milkリポートvol-40より

さまざまな立場で酪農乳業に携わっている人々の思いを、誌面 を通じて共有する新企画です。ミルクと生きる皆さんの言葉から、 持続可能な酪農乳業をつくるためのヒントを探っていきます。

「酪農はずっと、魅力的な仕事であってほしい」

  • 久富 聡子(ひさどみ さとこ) さん
    カナダ・アルバータ大学修士課程酪農コンサルタント
    福岡市生まれ。帯広畜産大学畜産学部卒。
    飼料会社勤務を経て、酪農コンサルタントとして北海道足寄町などで地域の酪農経営の改善を支援。2019年よりアルバータ大に留学中。

思いを共有する仲間と起業 酪農家の経営をサポート

  • 久富さんが酪農乳業界に関わるようになったきっかけを教えてください。

 私は福岡出身で、帯広畜産大学に進学し、初めて乳牛に触れたのが酪農に関わるようになったきっかけです。当時は近隣の農家さんで搾乳のアルバイトもしました。家族と一緒に仕事をされる姿や、やさしい人柄に触れて、酪農家さんは素敵だなというイメージを持ちましたね。
 2002年に卒業して道内の飼料会社に就職。当初は営業職、その後は技術指導の部署に移り、巡回アドバイザーや生産者対象の勉強会などを担当しました。
 その頃から、酪農家さんに技術や情報を提供して経営を支援する活動をもっと深めたいと考えるようになりました。そこで、同じ思いを持つ仲間に誘われて2015年に酪農コンサルタント会社を設立し、道内で活動を続けてきました。
  • 帯広畜産大の入学当初。「へっぴり腰が恥ずかしいです」
  •  コンサルタント業務に加えて、2017年からは酪農女性サミットにも関わられています。活動を通じてどんな気づきや学びがありましたか。

 一つは、個々の農家さんだけでなく、地域全体の酪農の持続性を考えることです。地域の酪農家戸数が減ると集乳や授精の手配なども不利になるし、コミュニティの維持や酪農家さん家族の生活利便性にも影響が出ます。酪農を守ることが地域社会を守ることにもつながるという視点は、特に農村部において重要だと思います。
 もう一つはコミュニケーション能力の大切さですね。コンサルタントがどれだけ専門的な知識を持っていても、酪農家さんが求めていることとマッチしなければ、的外れな提案になりえます。相手の思いを理解する力、そして的確な言葉で伝える力は、どんな場面でも必要なのだと思います。
  • 酪農コンサル時代、牛舎内での飼料チェックの様子。顧客牧場への生産効率アップに向けた飼養管理の提案に加え、勉強会講師などの活動も
  • 女性酪農家ら約400人が参加した、「酪農女性サミット2019」(帯広市)の実行委員会メンバー
  • 留学直前、足寄町の酪農家によるサプライズ送別会。「がんばってきてと温かく送り出してくれました。私を育ててくださった酪農家さんのためにも、日本の酪農経営に役立つ成果を持ち帰りたいです」

酪農先進国カナダへ留学 乳牛の栄養学を研究中

  • 2019年からはカナダ・アルバータ大学で学ばれていますね。

 2018年頃、来日した海外研究者から、北米の大学の畜産系学部では、研究費を使って学生の生活支援をしているという話を聞きました。以前から留学には興味があったので、こうしたしくみを利用すればチャンスが広がると考えて、本格的に受験準備を始め、アルバータ大学に入学することができました。
 現在は主に乳牛栄養学を学んでいます。人間を対象とする栄養学の家畜版と考えるとイメージしやすいです。
 家畜は、好きなものを自由に食べる人間とは違って与えられた餌だけを食べるので、牛の健康に最も良い栄養を考え、実際に給餌することで生産効率を上げることができます。その点で大きな可能性のある学問として、世界中で盛んに研究されています。

  • カナダの酪農乳業の状況や酪農経営についてはどう見られていますか。

 地域によって経営規模や戸数は異なりますが、アルバータ州が含まれる西カナダは、戸数は少なめで飼養頭数が多く、個体乳量も多いのが特徴です。
 大学農場の牛でも平均乳量は日量37、8㎏あります。乳牛飼養に適した環境に加え、北米では牛群改良が進んでいて乳牛の能力自体も高いように感じます。牛舎に並ぶ牛たちも、みんな体の形がきれいですね。
 カナダの酪農生産の基盤はクオーター制で、あらかじめ購入した年間の出荷枠内なら一定価格で生乳を出荷できます。この枠内での効率の追求が収益性に直結することもあって、酪農家さんと話をしていても経営に対する意識の高さを感じます。
 アルバータ州は家族経営の酪農場が中心で、経産牛の平均飼養頭数は125頭だそうです。コロナ禍前に訪問できた200〜500頭規模の大農場は生産効率が高く機械化も進んでいました。作業をより効率よく進めるために積極的に設備投資をしている印象で「時間を大切にする」意識が強いのだと感じました。
 例えばある一定乳量を得るために、牛1頭にかける時間が1日10分だとします。これを8分にできたら、年間の総労働時間は大幅に減らせます。その時間は家族のためにも、酪農経営の勉強にも使えます。短縮した時間の分だけ牛の数を増やすことも可能です。省力化で時間を生み出すことは、生活と仕事の両面の充実につながるのです。
  • アルバータ大の同級生ローレンさん(中央)、マシューさんと。「将来の若き研究者たちと一緒に学び合えるのは刺激になりますね」

持続可能な酪農のために 「時間のマネジメント」を

  • SDGsや環境問題への対応はどうでしょうか。

 その点は大学の授業でも扱われています。カナダでは、温室効果ガス排出量に占める農業の割合は13%程度。酪農に限ると牛が出すメタンが最も多く、飼料生産や輸送、糞尿処理に伴う排出などがあります。
 牛から出るメタンの削減にも、乳牛栄養学は貢献できます。餌の量と乳量とメタン排出量には関連があり、より少ない餌で、より多くの乳量を生産できれば、メタン排出を抑えられます。生産効率を上げることが、そのまま環境対策にもなるということですね。

  • これからの持続可能な酪農乳業のために、どう関わっていきたいですか。

 北米の生産現場を間近に見て、あらためて日本の酪農家さんの仕事の素晴らしさを実感します。気候や土地の条件が厳しい中でも高い乳量と乳質を実現しているのは、日々の努力の成果です。
 反面、仕事量の多さや自由時間の少なさが指摘されるのも事実で、日本の酪農乳業の持続可能性においても一つの課題になっています。
 その意味でも今後は、先ほどお話しした省力化による効率アップを含めた「時間のマネジメント」という考え方を、酪農経営にもっと取り入れていいのではないかと考えています。
 私は牛も好きですが、牛より酪農家さんたちが好きみたいです。牛と自然と共にある酪農は、これからも魅力的な仕事であり続けてほしいです。ここで学んだことを生かして、日本の酪農産業のお役に立てるようにがんばります。
  • 「国を越えてリモートで交流できるのはいいですね」と久富さん。「でも日本の農村部では情報インフラ整備が不十分なところも。地域の持続可能性を高めるために、こうした部分への支援も必要では」と話す。