地域の酪農家と共に10年後のビジョンを描く
-大山乳業農業協同組合の取り組み-

j-milkリポートvol-27より

Jミルクの活動を支援していただいている業界関係者や、酪農乳業や食と関わりの深い方々に、今後の取り組みへの期待や提言を語っていただきます。

地域の酪農家と共に10年後のビジョンを描く - 大山乳業農業協同組合の取り組み -

酪農経営の継続性を支える施策の継承が重要

前田:いま酪農乳業界が直面している課題は、国産生乳の安定的な供給を支える生産基盤の確保と、国際化への対応です。その両面に関わる問題として、適切な収益性を確保して乳価にも反映させていくために、価格訴求型から価値訴求型の経営モデルへの転換が求められています。こうした課題を踏まえて、傘下の酪農家さんの現状と、それに対する支援のあり方をどうお考えになられていますか。

小前氏:私たちの組合は発足当時から、適切な価格で製品を販売して、その利益を組合員に還元するという理念を継承してきました。指定団体のブロック化によって乳価が変化し、組合の経営も厳しさを増すなかで、組合員にどのように利益を還元していくかが私たちにとっての課題です。
生産基盤の現状としては、鳥取では県が育成牧場を持っていたこともあり(5年前に公益法人化)、他の都府県と比べても後継牛の保有率が高くなっています。酪農経営の継続を支援するという点では、こうした施策を継承していくことが重要だと思っています。

前田:後継牛の確保は都府県でも大きな課題になっています。これまでのように北海道に依存できる状況ではなくなっていることから、以前使っていた地域の育成牧場を復活させようという動きが各地で広がりつつあります。しかし、施設の整備にもコストがかかり、哺育育成の技術を持った人材も減っていて、思うような成果が出せずに悪循環になっている地域もあるようです。

小前氏:鳥取の場合は育成牧場への預託率は約半分。育成牛の保有率は57%です。県全体では、成牛約6000頭に対して育成牛が約3500頭といった状況です。

前田:後継牛が足りないから急速に乳量が落ちるという状況はなさそうですね。

小前氏:はい。2017年は他の各都府県で生乳生産が落ち込みましたが、鳥取県は前年比99.8%という水準を維持しています。

酪農の多様な経営形態を支援できる体制づくりを

前田:後継者の育成を含めた労働力の確保についてはどうお考えですか。飼料生産部門や育成部門を外部化するしくみがあれば、既存の家族経営でも搾乳や飼養管理に労働力を集中的に投入することで、規模の維持あるいは拡大につなげられるのではないか。コントラクターやTMRセンターといった外部化の受け皿の整備を進めている地域もあります。

小前氏:個人的には、親子2世代の夫婦で農業をするのがあるべき姿ではないかと思います。しかし、いまは酪農家の奥さんが別の職業に就く形式も増えていますから、飼料づくりなどを外部の組織やチームに任せるのはひとつの手法でしょう。大切なのは、いろいろな酪農形態をフォローできるようなしくみを地域で整えることです。
酪農家の仕事で特に大変なのは、休日を定期的に取れないことです。鳥取の場合、ヘルパーの利用は年に15回前後ですから、休めるのは月に1日か2日といったところです。

前田:週休2日とは言わずとも、週に1日は休める体制をつくりたいですね。そのためにもコントラクターやTMRセンターといった外部化等を進める必要がありそうです。

小前氏:後継者の確保という点で私たちが注目しているのが、酪農家の子弟です。小さいころから酪農に興味を持ち、仕事のよさを感じてもらうための取り組みを昨年から始めています。昨年は大山の麓の宿泊施設で野外活動をして、その途中で放牧場を見学しました。遊びのなかで酪農に触れてもらうことを重視する取り組みで、今年はスキー体験と私たちの工場見学を組み合わせたコースを検討しています。

おいしさと安心安全を裏づける独自の認証制度も導入

前田:乳業にとって最も困るのは乳が確保できないことです。逆に、生産基盤が維持されて生乳が安定的に確保できる状況にあれば、新しい取り組みにも積極的になれます。

小前氏:
そうですね。私たちの組合は2016年に設立70周年を迎えましたが、この機に将来への方向性を示す必要があると考え、組合員にアンケートを取り、行政とも意見交換しながら、10年後を見据えた「白バラ酪農ビジョン」を策定しました。
「生乳生産量6万トン以上(良質生乳を確保する)」、「出荷農家戸数100戸以上維持(担い手を確保する)」、「粗飼料自給率5%以上アップ(良質自給飼料を確保する)」、「やりがいのある酪農所得の実現(多様な酪農経営モデルの推進)」と、10年後の達成目標と付随するミッションを掲げ、それぞれを実現するための具体的な取り組みをまとめています。
ビジョンが言葉だけにならぬよう、一丸となって取り組みながら、目標の達成状況を定期的な検証もしていきたいと考えています。

前田:
大山乳業さんは多様な牛乳乳製品をつくっておられますが、そのベースにあるのは、よりおいしく品質の高い生乳を生産してもらうことだと思います。そのための独自の認証制度もつくられていますね。

小前氏:
はい。認証制度の導入は「良質生乳を確保する」というミッションのひとつに位置付けています。取引先や消費者の方に、「大山乳業の生産者はこういう取り組みをしているから、おいしくて安心安全なのです」と言える“裏づけ”がほしいという私たちの思いを制度化したものです。
具体的には、国の飼養衛生管理基準と私たちの生乳生産管理チェックシートの重点項目を基に独自の基準を定め、県と組合が年2回の実施状況確認を行います。
特別なことを始めるのではなく、いまやっていることを“見える化”することが主眼です。そこに牛舎の美化など新しいことを少し取り入れることで、生産者も働きやすい環境づくりにつながるといった効果を期待しています。例えば搾乳方法も、いま行っている方法をパネルにして、いつでも見られるように備えるといったことです。

前田:
“見える化”することで酪農家自身も自分の作業手順を再確認することになるので、新しい行動が促進できますね。これは作業の標準化にもなりますから、ヘルパーさんなどはそのパネルを見て真似することで失敗も少なくなります。

小前氏:
2018年からの開始を目指して準備をしてきましたが、制度の目的や内容を組合員さんにもう一段理解してもらう時間が必要と考え、19年度からのスタートにしました。
昨年から春と秋の仮調査を行っていますが、春の調査時よりも改善している酪農家さんもすでに出てきています。確認にきてくれることが励みになって、牛舎の掃除をしたりすると気持ちがいいし、動線も整理されるという反応もあります。将来的にはHACCPなどへの対応の下地にもなると思っています。              

酪農に関わる人材育成へ、業界の連携にも期待

前田:最近のアンチミルクの言説では、生産形態が工業的であるとか、牛にやさしくないから牛乳はよくないという主張が増えています。これは日本だけでなく世界的な傾向です。酪農の生産管理も衛生面だけでなく、「牛や地球にやさしい」という要素が求められるようになりそうです。時間はかかるでしょうが、これが実現できれば製品に「物語」をつくることができますし、ブランドのさらなる強化につながると思います。
ブランド力と関連する話題として、大山乳業さんでは「チーム白ブラ」というブランディングチームを立ち上げられたそうですね。いま地域の乳業メーカーが苦労されているのが、新しい幹部職員の育成です。企業活動としての人材開発や能力開発をシステマティックに行うことが課題になっていますが、どういう発想でこの活動が生まれたのでしょうか。

小前氏:
まさにいま言われた職員教育の視点から始めた取り組みです。「育てる」をキーワードに、職員を育てる、製品を育てる、酪農家を育てるという3つの視点で活動しています。将来を見据えて、組合自体をどういう方向に進めていくかという点まで含めて、新しい発想を役員に発信してくれるチームに育ってくれればいいと思っています。

前田:
Jミルクは生産者と乳業者と販売店がつくる、ミルクサプライチェーン全体をマネジメントする組織です。一般生活者の牛乳に対する価値観を変えることが基本的な事業ですが、我々の活動を会員の皆さんにお伝えすると共に、皆さんの現場の課題や、業界として対応してほしいことをお聞きすることも重要だと思っています。Jミルクの活動へのご意見やご要望をお聞かせください。

小前氏:
やはり生乳の確保が大きな問題ですから、そこをJミルクがどんな形でサポートできるのかという点に注目しています。また、生産現場ではヘルパーさんの確保も課題になっています。ヘルパーの研修だけでなく、後継者の育成や新規就農の支援などを行うアカデミーのような施設が必要です。地域の組合などが単独で研修牧場を持つのは難しいですから、業界が連携して都府県にそういう施設をつくり、そこで学んだ人たちに都府県で働いてもらうような取り組みができればいいと思います。
乳業の立場としては、消費者の皆さんが国産の牛乳乳製品のよさを理解できるような発信をしてほしいですね。まだまだ牛乳乳製品の摂取量は欧米に比べて少ないから、消費の底上げにつながるような情報発信を期待しています。

前田:
地域の酪農の課題への対応から将来に向けた取り組みまで、興味深いお話をお聞きすることができました。いただいたご提言はJミルクの今後の活動の参考にさせていただきます。本日はどうもありがとうございました。

  • ■Jミルク事業の活用
大山乳業農業協同組合は、”牛乳の日・牛乳月間”「愛してミルク?」のロゴを活用した牛乳パックの展開や乳の学術連合の講師派遣事業の活用、組合内の鳥取県牛乳普及協会による乳和食の講習会、季刊誌「白バラほっとライン」への乳和食レシピ掲載など、さまざまなJミルク事業を活用しています。

職場・商品・酪農家を「育てる」 - 白バラらしさを磨くブランディング -

企業ブランドの確立を目指す多様な取り組み

2016年1月、組合の6つの部署から女性を含む9名のメンバーが集まって、ブランディングに取り組む組織「チーム白ブラ」を立ち上げました。
チームのタスクは、「白バラらしさを磨く」ことです。商品としての白バラの価値は地元の皆さんには理解していただいていると感じているので、それをさらに強化しつつ、職場や酪農家も含めた白バラらしさを磨くことによって、大山乳業全体の企業ブランドの確立を目指しています。
チームの最初の活動がブランドビジョンの策定でした。「イメージの強化」、「カルチャーづくり」、「ユニーク性」、「白バラのファンづくり」、「酪農家への広報」、「提案する組織」、「存在感を高める」という7項目を定め、ポスター化して内部でも周知しています。
具体的な活動方針としては、「育てる」をキーワードに、職場、商品、酪農家の3つを育てる取り組みを行っています。

職場を育てる活動としては、新しいスタイルの職員研修機関「白バラ大学」があります。外部講師を招き、コンプライアンス理解やアイディア発想術、ボイストレーニングなどさまざまな講座を開講するもので、職員はもちろん、地元の市民の皆さんも気軽に参加できる形式で展開しています。
商品を育てる活動では、商品開発に加え、ユニークな話題を外部に発信することにも力を入れています。2016年には設立70周年を記念して、シュークリームの包材を白バラのデザインに変更したところ、ご好評をいただいて現在も継続しています。昨年は地域の高校生と連携して、地元産のイチゴと私どもの乳製品を使ってイチゴアイスをつくりました。コンビニで先行発売したところ、5万本が1か月足らずで完売するほどの人気を博しました。

地域で愛されてきた「白バラ」デザインをグッズ展開

また、「まるごと工場見学」と題した親子対象の見学会も実施しています。牧場で酪農の仕事を体験して、集乳車と一緒に私たちの工場を訪れ、見学後は牛乳を使った料理づくりを行うもので、夏休みの自由研究にぴったりだと好評でした。
こうした私たちの取り組みを外部に発信する取り組みとして、メディア各社にリリースを発送しています。新聞やテレビを中心に年間70件程度取り上げてもらうことができました。
酪農家を育てる活動では、酪農を盛り上げ、イメージを高める目的で、主に女性をターゲットに酪農の魅力を紹介する動画を制作してSNS上で公開しています。
最近力を入れているのが、白バラのグッズ展開です。白バラをモチーフが楽しめるマスキングテープや、白バラ牛乳や白バラコーヒーのパッケージデザインを忠実に再現したTシャツなどを制作しています。Tシャツは組合の観光施設での限定販売でしたが、県外からも多くのお客様が来店して即日完売でした。
白バラ牛乳のパッケージデザインといえば、私たちにとっては昔から見慣れているもので特に自慢できるものとも思っていなかったのですが、グッズ展開すると予想以上の反響があります。ブランディングの仕事に関わるようになってあらためて、白バラが地域のお客様に愛されていることを実感しています。
  • マスキングテープやポチ袋、缶バッジなどのオリジナルグッズも人気。

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