サプライチェーンからバリューチェーンへ

j-milkリポートvol-31より

サプライチェーンからバリューチェーンへ

- 持続可能なミルクバリューチェーンを目指して -

「ミルクサプライチェーン」は酪農乳業界が牛乳乳製品を供給するため、いわばプロダクトアウトにおける重要な位置付けです。生乳及び牛乳乳製品は腐敗しやすい特異性があり、サプライチェーンの安定は安全・安心の確保のためにも重要な意味をなしており、日々、牛乳乳製品の安定供給に向けて需給調整されています。その一方で、昨年の自然災害や全道停電などという不測の事態に対して、サプライチェーンを担う各々の立場・役割の方々が、どのように対処され、何が新たな課題となったのか?今回の特集では、全国連、地域の指定団体及び乳業者の方々にご意見を伺いました。

ミルクサプライチェーンの特徴

サプライチェーンとは、原材料の調達から製造・物流・販売を経て顧客まで、すなわち「生産から消費まで」を、連続的に繋がるシステムとして考える概念です。2000 年代初め頃に、様々な企業などが協調して、サプライチェーンの全体最適を図り、相互のバランスと利益の最大化を実現するという視点から、多くの業界でサプライチェーン・マネージメント(SCM)という取り組みがブームとなりましたが、実際には、バイイングパワーにより小売業優位の非協調的内容になったことや、取り組みが企業内にとどまったことから、SCM 改革は上手く行かなかったと言われています。

酪農乳業においては、サプライチェーンという概念がなかった時分から、ミルクのサプライチェーンを安定的なものにするための様々な協調的取り組みが行われてきました。これは、腐敗しやすく保存が効かないというミルクの商品特性が背景にあります。ミルクサプライチェーンの何処かが切断されてしまえば、その川上に大きな“ミルクのダム”が生まれ、それを、他に流したり、乳製品に加工したり、生乳や製品を廃棄したりする必要があります。当然、その際に発生する経済リスクを上手に分担するという視点がなければ困難で、わが国の酪農乳業は、多くの自然災害や製品事故を経験する中で、これまで、この扱い辛いミルクのサプライチェーンを協調的に管理してきました。
バリューチェーンという視点への転換

しかし、酪農乳業がこれまで築き上げてきたミルクサプライチェーンの協調的管理の取り組みにあっても、最近、多くの新しい課題が出てきました。例えば、都府県の生乳生産減少による飲用需給の逼迫、生乳供給が北海道などの遠隔の産地にシフトすることによる輸送費の増嵩や自然災害等によるリスク規模の増大、生乳流通制度の見直しやTPP11などのグローバル競争を背景とした新しい流通主体の登場による協調性の脆弱化などです。これらの環境変化に対応していくためには、発生するリスクを酪農乳業だけでシェアするだけでは、サプライチェーン上での安定を図ることは困難でしょう。小売業や消費者も参画した、さらに進んだ協調的仕組みが必要だと思います。

そこで、是非、取り入れたいのが、バリューチェーンの視点です。これは、商品が提供する最終的な価値に対して、サプライチェーン上の様々な活動やそれぞれの構成員がどのように貢献しているのか、貢献することが可能かということを、相互に確認し評価して行こうというものです。この考え方の定着によって、発生するリスクをシェアするという視点が再認識されるとともに、生産者から小売流通業までの多くの立場の方々が協同して一緒に商品価値を高めていくという態度が醸成されます。

企業の取り組みを「モノの流れ」から「価値の流れ」に視点を変えることにより革新しようとするために考えられた概念ですが、業界全体の取り組みにも適用することが可能です。

今回からの特集を通して、バリューチェーンの構築に向けた様々な事例が紹介できればと思います。
一般社団法人J ミルク専務理事 前田浩史

ホクレン農業協同組合連合会 - 地域指定団体 -

山本 努 氏 酪農部 生乳受託課 課長
篠永 彰仁 氏 酪農部 生乳共販課 課長
叶 勇司 氏 酪農部 生乳受託課 調査役
  • 左から:篠永課長、山本課長、叶調査役
2018年9月の北海道胆振東部地震を発端にした全道停電(ブラックアウト)。日本の食料供給基地に起こった災害から何を学ぶか。現場で実際に配乳調整などに携わったご担当者から、当時の状況や今後の課題などについて伺いました。

流動的な飲用向け需要に対しての苦慮

都府県の生乳生産量の減少が続いている中、年々重みが増している北海道の生乳需給調整についてですが、需給調整にご協力いただいている大手・中堅の乳業メーカーさんと全農さんによる需給に係る会議を定期的に開催し、飲用向け優先を基本としながら、乳製品向けのバランスを考慮し、需給調整を行っています。会議では3か月先までの需給を予測しますが、なかなかその通りにはいきません。天候による飲用需要の変化や台風の影響によるほくれん丸やフェリーの欠航、最近ではメディアで牛乳の効能が取り上げられることによる急激な需要増などがあります。

このように流動的な飲用向け需要に対して、関係者が道内全体を考え、乳製品の生産計画を立て、苦慮しながら調整を行っているのが現状です。

ミルクサプライチェーンの重要さを再認識

9月の飲用最需要期に発生した北海道胆振東部地震における全道停電では、携帯電話しか使えるものがありませんでした。前例の無い非常事態だということを理解し、ホクレンの各支所や乳業者に対して、情報を共有しながら対処しましょうというところを確認した上で、電力の回復を待ちました。

停電がいつ復旧するかがわからない状況であったことから、例え集乳できたとしても、乳業工場への通電や復旧作業にどの程度時間を要するのかも不透明であったため、各地区でさまざまなリスクを考慮し、農協の協力を得ながら、苦渋の決断ながら先が見えるまで待機や集乳をしないなどの対応をするしかありませんでした。

全道停電を教訓に、自家発電機を国の事業を活用しながら増やしていくべきとの声が上がっています。生産者に自家発電機を設置するのは、震災が起こった際にも毎日搾乳し、乳房炎を予防するという観点がありますが、搾ったらきちんと温度管理をして、販売したいという思いも当然あると思います。しかし一方で、各乳業者がすべての工場で大型投資を行うことはとても難しい問題だと思います。さらに、乳業工場で受入・製造までできたとしても、その先の製品輸送や、販売先が稼働していなければどこかで滞留してしまう、という観点からみると、災害からの復旧にはサプライチェーンの連携や情報共有などが重要であることを再認識しました。

家族経営の酪農家が意欲的に取り組めるように

北海道の生乳生産量を維持・増産していくためには、都府県と同様に、北海道でも酪農生産基盤強化策を継続していくことが重要だと考えています。北海道では規模拡大が進んでいるとはいえ、約8割は家族経営です。その方々に次世代への投資をしてもらうためには、所得がきちんと確保できる仕組みをお見せすることが大切です。ここ何年か乳価を上げていただき、所得が安定してきたことが、北海道の生産が維持されている一番の理由だと思います。また乳業者からも北海道産生乳への期待が大きく、ご支援を頂いているところであり、我々はそこに応えていくためにさらに増産に努力していきたいと考えています。

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全国農業協同組合連合会 - 全国連 -

三島 真 氏 酪農部 生乳課 課長
畑 大二郎 氏 酪農部 生乳課 課長代理
  • 左から:三島課長、畑課長代理
全国の指定団体や乳業メーカー各社と緊密なコミュニケーションを図り、都府県において日々変化する需給の調整業務に取り組んでいる中で、広域流通生乳における今日的な問題点や課題について伺いました。

広域流通生乳における輸送リスク

生乳供給の安定化を図る上で欠かせない需給調整業務ですが、全農ではホクレンさんをはじめ、全国の指定団体と連携し、都府県の生乳生産と飲用需要から生じる季節的なギャップに対して、需要期は北海道から足りない分の生乳を運び入れ、不需要期は都府県の乳業メーカーで乳製品に加工するという、年間を通した需給調整を行っています。
仮に都府県の生乳生産が減少しギャップが拡大し続けた場合、そのギャップを北海道の生乳で補い続けることは現実的に難しいと考えています。ひとつの理由として、昨今の輸送業界を取り巻く環境の厳しさが挙げられます。
最需要期には輸送業務が過密化しますが、その時期だけ乗務員を確保することが難しく、また大量輸送を予測して準備をしても冷夏等により飲用需要が減少するとキャンセルになるなど課題があります。

また最近では、台風などの自然災害が増えていることも課題のひとつです。これらを解決するためにも、都府県の生産基盤を回復させ、生産者団体が一体となって需要を支えていくことが重要だと考え、Jミルクの事業などと連携をしています。

国民の基礎的な食料を維持する

特に2018 年は、災害のとても多い年でしたが、私たちは業務を遂行する中で、牛乳乳製品は国民の基礎的な食料という意識を常に強く持ち、生乳が特定エリアだけ極端に不足するようなことを回避するよう努めました。
我々は、これまでにも大きな震災を経験していますが、今回の全道停電は都府県で北海道の生乳を一番必要とする9月に災害が起こるという、酪農乳業界にとっても未曾有の事態となりました。また、ブラックアウトの影響が徐々に回復してきた矢先、台風24 号・25 号による船舶の欠航や、被災地である道内への牛乳乳製品の供給正常化も急務だったことから、大都市圏を中心に牛乳等の品薄状態が続きました。
結果的にさまざまな混乱が起きたことも確かですが、全国の酪農乳業関係者が一致団結し、需給調整に取り組んだ ことで牛乳が全く店頭に並ばないという最悪の事態は避けることができたと考えています。仮に出荷産地や乳業そ れぞれの協力がなく、各々の販路だけを完結させたら終わりというような業界であったとしたら、もっと大きな混乱となったのではないでしょうか。

酪農乳業界の発展に向けて


酪農乳業の持続的発展のために、生産基盤とミルクサプライチェーンをテーマに理解醸成に取り組んでいます。2015年からは、日本コカ・コーラ(株)と共同で進める5 by 20プロジェクト活動を通して、女性の活躍や生産基盤維持強化を目的に、農業高校・大学へ女性酪農家さんを講師にお迎えする出張授業や「酪農女性サミット」の共催、また新聞広告などさまざまな取り組みを行っています。こうした活動を通じ、酪農乳業界を応援してくれる仲間を広げていくことが大切だと考えています。

森乳業株式会社 - 乳業メーカー -

三友 将好 氏 専務取締役
原口 照 氏 執行役員 営業本部(営業部・企画開発部) 本部長
大村 貴志 氏 営業本部 営業部 次長
菅原 成和 氏 業務本部 業務部 次長
  • 左から:大村次長、原口本部長、三友専務、菅原次長
都府県の乳業メーカーの中でも生乳の多くを北海道産に頼っている乳業メーカーは、全道停電に伴う生乳輸送の停止で大きな影響を受けました。当時の現場の状況から、サプライチェーンの強化に向けた課題について伺いました。

需給混乱時の対応に課題残る

弊社では、根室・釧路地方の原料乳を使用した「北海道3.7 牛乳」のほか、NB、PBのブレンド牛乳にも北海道の生乳を使用しています。都府県の生乳生産量の減少に伴い、北海道産生乳の使用率は年々増加傾向にあります。

こうしたなか、9 月6 日の北海道胆振東部地震発生の3日後には北海道からの生乳受入がなくなり、「北海道3.7 牛乳」をはじめ、北海道産生乳を使っているPB商品、その後はNB商品も一律で出荷調整措置を取らせていただくことになりました。北海道産生乳の受入再開後は出荷調整を順次解除していきましたが、「北海道3.7牛乳」は11月まで出荷を停止していました。この間の発注量に対する出荷率は、9 月は85%、10月は89%程度でした。弊社からの供給量自体は前年比では増えていたのですが、ご要望には達することができませんでした。これは、牛乳の出荷が滞りそうだという情報が広がると、一部のスーパーさんは普段より発注量を増やして商品を確保しようとされる傾向が考えられます。本当の需要量が見えにくくなるため、需給調整がより難しくなるというのが課題です。

もうひとつは、乳業者全体での足並みを揃えた対応が困難という点です。弊社の出荷調整中も、都府県産の生乳を多く扱っている他メーカーは出荷を続けることができました。Aスーパーには牛乳が入ってくるのに、Bスーパーには入ってこないという状況に対して、「なぜこうしたことが起きるのか」といったお問い合わせを一部の取引先からいただきました。生乳の調達先の違いによる製品出荷への影響度が異なることは、消費者の方々には分かりづらいと思います。

ミルクサプライチェーンに関する消費者の理解醸成を

牛乳乳製品のサプライチェーンは一部が欠損すると全体が機能不全になります。数年前に関東地方が大雪となったときは、弊社のトラックでようやく配送した商品が、小売現場(店舗)の混乱により受け取りをしていただけなかったこともありました。今回の停電被害を受けて自家発電の導入推進といった議論もありますが、これもサプライチェーン全体で取り組まなければ効果的とは言えません。メーカーで処理することができても、受け入れ先(店舗等)が停電では製品の品質管理ができません。まずは地域のライフラインの強化があって、その基盤の上に私たち乳業者などの個別対応があるのだと思います。加えて、ミルクサプライチェーン自体を広く社会に知ってもらうことも必要です。

今回の全道停電を受け、農水省は学校給食向けの供給を優先する方針を打ち出しました。こうした指示の一方で一般消費者に対しても、牛乳供給の現状や今後の見通しについて丁寧な説明やメッセージが必要であったと思います。また、Jミルクからもミルクサプライチェーンの理解醸成を含めたきめ細かな情報発信に期待したいと思います。