国際Dairyレポート 2020年夏号

CONTENTS

  • 変化する世界のマーケット
新型コロナウイルスが世界の需要構造にもたらした爪痕 3
特別インタビュー:生源寺眞一氏(福島大学教授)に聞く 7
  • 持続可能な酪農乳業の新しい試み
海外でのSDGs 関連の取り組みや課題 8
  • 最新 国際組織の活動
  • 酪農乳業の国際連携に向けて
IFCN:2019 年IFCN 報告から搾乳ロボットシステムを考察 12
GDP :酪農乳業の役割と牛乳乳製品の価値をグローバルに伝える 14
IDF  :2020 年の国際酪農連盟活動における優先課題 16
JIDF:フルーツヨーグルトは「超加工食品」? IDF の意見書を紹介 18
  • データに見る世界の酪農乳業
IDF ブリテン「世界の学乳プログラム」について 20

COLUMN: 主要国の食料品価格と生活コスト 22

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  • 国際Dairyレポート 2020年夏号

生源寺眞一氏(福島大学食農学類長・教授)に聞く

新型コロナ禍、中長期的な“食の様変わり”見極める必要 
  • 「国際Dairyレポート」2020年夏号に要約掲載したインタビュー(p7)の完全版です
 
1.新型コロナウイルス禍で世界的に、「外食需要へのダメージ」と「巣ごもり需要の拡大」が発生しました。ただ、酪農乳業に関して各国政府などがとった支援策は、乳製品の保管への補助や、消費拡大キャンペーンなどと、目の付け所が国によって違っているようにも見えます。生乳廃棄も、起きた国と起きなかった国がありました。これまでの各国の状況や政策をどのように見ていらっしゃいますか

 政府による休業要請やロックダウン(都市封鎖)——外国の場合は「お願い」ではなく、「そうせよ」という強い措置——という厳しい状況があり、これを受けて「外食需要へのダメージ」と「巣ごもり需要の高まり」が起こった。これは各国共通で発生した現象だ。
 外食産業が休業になってしまい、その分、家庭で料理をする「内食」が増えた。また、日本が典型だが、学校給食=学乳がストップした。このように、政府がとった手段や要請によって生じた問題、これはこれで対処しなければならず、現場には相当な苦労があったと思う。ただ、こうした対応はある意味では短期的な問題。今後、例えば学乳も、恐らく従来の形に戻っていくだろう。日本では夏休みが短縮された場合、今度は需給がひっ迫することもあるかもしれない。けれども、一時的な現象にとどまらない、中長期的な問題も存在していると思う。
例えば、「食の外部化」について。今回、内食が増えた一方で、テイクアウトやデリバリーといったかたちで「中食」も増えた。日本は外食・中食を合わせた「食の外部化」が進み、外部化率は40%以上に上昇していたのがコロナ発生前の姿だった。これがコロナ禍によって大きく変化しているわけだが、今後、元通りの姿に戻るかどうか。テイクアウト、デリバリーを含めた中食需要の高まりは、中長期的に継続するかもしれない。そのような変化のもとで牛乳・乳製品の消費がどうなるのか。こうした中長期的な動向についても、見極めが必要だと思う。これは研究を必要とする取り組みかもしれない。
また、外部化といっても、年齢層や世帯の構造などによって状況は違う。食事が部分的であっても様変わりするとなると、栄養バランスについても、例えば塩分は適切なのか、などといったかたちで、改めて議論が行われるかもしれない。食事を自分で作る場合にも、栄養バランスを考えるだろう。このあたりの意識の持ち方は、世代によって違ってくるはずだ。
目下の急激な需要の変動を受けて、どの国・地域も素早く支援に動いているという印象を受けた。現時点ですべての状況や支援策などについて把握しているわけではないが、EU(欧州連合)には共通農業政策があるし、米国やカナダもそれぞれ酪農の制度・政策を有している。それらが基礎となって、迅速に対策に取り掛かれたのだと思う。何よりも、生産者の分布や生産量などの状況がきちんと把握されていること。これが対策の立案や実施の前提になるわけだが、状況把握が可能だったことも大きい。各国の政府が、使える制度・政策やそのためのリソースを保持していて、かつ、生産者の団体・組織ともリンクがある。そのために、支援策を比較的早く打てた。当たり前のようにわれわれは受け止めがちだが、ベースとなる制度や政策が存在していることの意味は大きい。
生乳は、日量単位で生産状況が把握されている。「どこの地域にどれだけの酪農家がいて、これだけの乳量がある」といった情報が、供給網の中で共有されている。極端なケースだが、需給調整のために廃棄処分を決定するようなことは、個々の酪農家段階でやれることではない。その判断には、需給バランスについての判断、当面の状況下で「この方式しかない」という判断、それから実際に廃棄を行う酪農家やグループに説明をする手順が必要になる。酪農の世界では珍しくないのかもしれないが、他の多くの農産物の世界では、廃棄処分を判断して実行に移すことは大変な挑戦だということが分かる。酪農乳業界が長年かかって築き上げた組織の力を再確認することでもある。

2.「新しい生活様式」や「ニュー・ノーマル」が定着した場合に、酪農乳業にとって「新たに対応しなければならないもの・こと」、そして「今まで通りの路線をとり続けるべきもの・こと」は何でしょうか
 
 「新しい生活様式」では、恐らく内食が増えることになる。テイクアウト、デリバリーの比率も高まるだろう。それが、どの年代でどのように高まるのか、乳製品の需要にどんな影響があるか、見極める必要があると思う。
例えば、いま全国の大学で授業は遠隔(リモート)で行われている。教室に学生はいない。昼は、以前なら生協の食堂で集まって食べていたが、今は下宿なりアパートなりで食べている。「個食」というか、個人単位での食事ということになっているわけだ。他方で高齢者、なかでも単身世帯の人たちは、これまでも買ってきて食べるというパターンが多かったので、あまり変化はないかもしれない。
牛乳乳製品は、製品レベルで非常に多様性に富む。“ほぼ生乳”というものから、“弁当の中の、加工食品の中の、ある品目の、ある部分に使われている”といったものまである。今後、こうした牛乳乳製品の「フードチェーンの中でのポジション」が変わるのかどうか。そんな問題につながっていく可能性もある。
このあたりは、乳製品の1人当たり消費量が日本の数倍と多い欧州などについて、今後、何が起きてくるかを把握して、日本の今後を考える際の参考にすることも必要かもしれない。また、中国の動向も見ておくべきだと思う。私はここ5、6年、毎年、中国を訪問している。中国は1人当たり消費量が日本の5分の1ほどだが、日本の経験を考えると、まだまだ伸びる可能性があると思う。日本は乳牛の餌を大量に輸入して、生乳を生産する仕組みを作ったわけだが、中国の場合は、餌も輸入しているが、オセアニアなどから乳製品をかなり輸入している。中国のコロナ禍が落ち着いた後の需要がどうなるか。場合によると、日本のバターや脱脂粉乳の輸入価格に影響してくる可能性もあるかもしれない。いずれにしても、成長途上の14億人の国の動きは見ておく必要がある。

3.「ポスト・コロナ」の世界の課題の一つとして、「持続可能性」を挙げる声が聞かれるようになりました。ポスト・コロナの時代に、改めて、わが国の酪農乳業を持続可能にしていくためのポイントは何でしょうか

 
 ここ5年、10年ほど、農業について「成長産業化」ということが叫ばれてきた。歴史をたどれば、1955年に高度成長が始まり、1973年のオイルショックによって1974年にはマイナス成長。ここまでが高度成長期で、その後、バブルがはじけるまでが安定成長期と表現されてきた。つまり、成長路線の中で、産業が拡大し、乳製品も需要がどんどん伸びていった時代だった。その後は「失われた時代」などと称されたが、近年、特に第2次安倍政権以降は「農業の成長産業化」「10年で農業・農村所得倍増」などといったスローガンが語られてきた。
今回のコロナ禍を受けて、日本社会の良いところが何であったかについて、考え直している側面があると思う。酪農乳業についても、近年の「成長産業だから価値がある」という見方とは、ちょっと違う角度から改めて評価することが必要ではないだろうか。
例えば、動物・植物の生理現象をわれわれが利用して、健康・栄養を支えてもらっている点で、人間が生きていくためのベーシックな活動が農業そのもの。毎日毎日、健康に生きてくれている牛のお乳をわれわれが利用するという、本質的であり、原点ともいえる取り組みの意義を、今、酪農乳業界から発信する。そんな発信も「たしかに、そうだよね」と受け入れられやすい状況が生まれているのではないかと思う。
コロナ禍によって、いい意味で、世の中が立ち止まったわけだ。その中で、酪農乳業や農業の意味合い、あるいは「食べる」ことの意味合い、あるいは「食べることを支える産業」の意味合いを、しっかり考えてみることが必要だと思う。
先ほど、食品を食べる段階での「栄養」について触れた。それを支えるフードチェーンについて、その川上にある農業について、もっと言えば、その農業を支えているさまざまな要素について、もう一度考えてみてはどうだろう。
酪農乳業の持続可能性という観点からは、制度の安定性が大切だと思う。日本は、日本の「外」との間に一定程度のクッションを設けることで、2007、08年の穀物高騰時のケースも含め、国内の価格に海外からの直接の影響が及ぶのを回避しようとしてきた。制度の安定は、酪農なり農業なりに対する人々の思いを受け止めて、精神論だけではなくて経営としても持続していくための必要条件だと思う。その点では、酪農にも、いろいろ議論があるのは承知しているが、これまでは他の国、他の品目に比べれば、安定していたといえる。

  4.ポスト・コロナでは、どういった国際情報のニーズが高まってくるでしょうか

 北半球の先進国の情報は引き続き重要だが、加えて、アジアの国々に関する情報が大切。中国、インドをはじめ、東アジア、東南アジア、南アジアに関する情報は重要だと思う。ベトナム、カンボジアなどでも、酪農が育ち始めている状況で、日本の研究者も現地に足を運び始めている。
日本の酪農が急速に伸びたのは戦後だ。搾乳の方法でいうと、手搾りを経験した高齢の方が存命でいらっしゃるし、その後はバケット、パイプライン、パーラー、ロボットと変化してきた。牛乳・乳製品の消費量も高度成長以降、7倍以上に増えた。こうした変化は、必ずしも順調に進んだとは思わない。意欲的な取り組みが挫折してしまった酪農家、残念ながらつまずいてしまった乳業メーカー、そういった例もあったはずだ。そうした日本の酪農乳業の成長史と、アジアの国々の酪農乳業の今後を重ね合わせることで、新たに見えてくるものがあるかもしれない。乳食文化は国によって個性があり、そこが面白いところでもある。

(2020年6月11日、ウェブ会議方式で実施)

  • 生源寺眞一 福島大学食農学類長・教授
(プロフィール)生源寺眞一 福島大学食農学類長・教授
1976年東京大学農学部農業経済学科卒業。同年農林省農事試験場研究員、81年農林水産省北海道農業試験場研究員、87年東京大学農学部助教授、96年東京大学農学生命科学研究科教授、2011年名古屋大学生命農学研究科教授、17年より福島大学教授。主な著書に『農業と人間』岩波書店、『新版:農業がわかると、社会のしくみが見えてくる』家の光協会、『「いただきます」を考える』少年写真新聞社など。