第42回 バターのイメージ その1

ミルクの国の食だより 連載一覧

コラム、「ミルクの国の食だより」の第42回をお送りします。
フランスでは昔、バターは食用ではなく革製品に塗る「油」でした。現在のように食用になるまでの、長い歴史をたどってみましょう。

パンにつけて食べたり、調味料としてコクやまろやかさを加えたり、ソースの固さを調節したり、美味しそうな焼き色をつけたり、…バターは昔からフランス人の食卓になくてはならない食材です。
一人当たりの年間バター消費量はなんと8.3kg(2014年*)と世界一。日本の約14倍で、日本人が1年で食べる量をフランス人は一ヶ月で消費していることになります。
1日あたり約20g、そんなにたくさん食べているかしら?とふと考えてみますが、例えば朝食にバターをたっぷり塗ったバゲット、昼食や夕食では肉や野菜などをバターでソテーし、デザートにはバターが練りこまれたパイやケーキを食べ…、といった具合に一日のうちどこかの場面で食べられているのは間違いないので、この消費量もうなずけます。
そんな日常生活に欠かせないバター(仏語 beurre ブール)にまつわる慣用句がフランスにはたくさんあります。
昔の人の生活から生み出された言葉の意味をひも解くと、この国でのバターの歴史が垣間見えてきます。
■ フランスの一人当たりの年間バター消費量は8.3kgで世界一。2位はドイツで6.1kg*

”Compter pour du beurre” =「バターに相当する」(直訳) …その意味は?

古代ギリシャやローマでは、バターは傷に塗る薬としてまた、美容クリームとして利用されてはいましたが、調理に使われることはほとんどなかったと言われています。
古代ローマ文化の影響を受けたフランスでも同様で、支配階級の人々はバターを皮の服や靴などに塗ってこそいましたが、調理にはもっぱらオリーブ油もしくはラードが好まれていました。
バターはローマ帝国の外から来たゲルマン人がもたらしたといわれています。
「粗野で荒々しいゲルマン人が食べる野蛮な食べ物」バター。半分野生化している家畜を飼うことで得られる乳を攪拌するだけで簡単に作ることができて、年中手に入る油脂は、年に一度しか収穫できないオリーブ油に比べれば、価値のないもの、貧しい者が食べるもの、とみなされていました。
そこから「バターに相当する」と言えば、価値のないもの、くだらないことを表す言葉になったそうです。
■ 朝食によく食べられているパンにバターをたっぷりつけたタルティーヌ

バターが食用になったのは中世の終わり

薬として利用されていたからには、バターは高級品として支配階級の人々に独占されていたと思っていましたが、昔は食べ物としては粗末な扱いを受けていたのです。
また、今日のように冷蔵庫があったわけではないので、保存性に劣るバターは調理には使い難かったともいえそうです。
時代を遡ると、現代のイメージとは違った顔が見えてきますね。
やがてローマ帝国の衰退とともに、狩猟民族であったゲルマン人の影響が食生活にも及んでくることになります。そしてバターが食品として脚光を浴びるまでは、その後、中世の終わりを待たなくてはなりません。
*統計資料:L'économie laitière en chiffres édition 2016より
■ バターの芳香に包まれたサクサクのパイもフランスでは定番のデザート
※このテーマは次号に続きます。お楽しみに。
管理栄養士 吉野綾美
1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。