免疫機能を整えるための食生活と牛乳などの役割

全国栄養士大会(採録)一覧

日本獣医生命科学大学応用生命科学部教授 戸塚護

免疫機能を整えるための食生活と牛乳などの役割

本レポートは、2020年8月1日(土)〜8月31日(月)まで(公社)日本栄養士会が開催した2020年度全国栄養士大会・オンラインにて、Jミルクが共催したセミナーの内容をまとめたものとなります。

免疫機能を維持するのに重要なのは栄養と食事であり、各種栄養素が複合的に作用することで免疫機能を整えることができます。また、牛乳もカルシウム、タンパク質、ビタミンA、B類など優れた栄養バランスを持つ食品の一つです。食のバランスと免疫システムの関連、また牛乳が免疫機能を整えるうえで果たすことができる役割について解説します。

免疫は病原菌やウイルス、がんから身体を守る防衛システム

 免疫とは、感染症やがんなどの病気から身体を守る防衛システムです。もともと「疫」は“はやりやまい”や伝染病のことで、これから免れるための仕組みとして、「免疫」という言葉が使われています。図1では赤い細胞が、外部から侵入しようとする病原菌やウイルスあるいは体内のがん細胞を攻撃し、感染症やがんから身体を守っています。免疫とはこのシステムを指し、「免疫系」ともいいますが、ただ単に攻撃するだけではありません。自分自身とそうではないものを区別し、「自分でないもの」を排除する仕組みも備えています。いいかえますと、自己抗原に対しては働かず、自分でないものは排除しようと外敵を攻撃するのです。

 一方で、このシステムが異常・過剰に働いてしまうと、アレルギーや炎症性疾患、自己免疫疾患のような病気につながります。炎症の中には、低レベルの反応が持続して働く慢性炎症というものがあり、これが全身のさまざまな臓器で起こると、各種生活習慣病を引き起こす原因となり得ることも知られています。すなわち、動脈硬化や肝臓病、糖尿病、さらにはがん、神経変性疾患による認知症やアルツハイマー病などについても、慢性炎症という反応が関係することがわかってきたのです。

  • 図1

食品に期待される免疫調節機能とは二つの方向性のバランスを整えること

 このような免疫系を食品で制御する可能性を探る場合には、二通りが考えられます。

 一つは、食品成分によって感染症やがんを防ぐ力を増強・促進させる可能性です。もう一つは、異常あるいは過剰に働いてしまった免疫応答を抑制する可能性であり、このような食品成分があれば、アレルギーや炎症性の疾患、前述したような生活習慣病を抑制できるのではないかと考えられます。自己免疫疾患は医薬品等でコントロールする必要がありますが、アレルギーや炎症性疾患に関しては食品がある程度効果を示す可能性がありそうです。免疫機能に影響を与える食品について調べる際には、このように二つの方向性に応じたアプローチが必要です。生体防御力を高めることによって感染症やがんに対する抵抗力を高める方向性と、免疫疾患の発症・増悪を抑制することによってアレルギーや炎症性腸疾患、あるいは生活習慣病をコントロールしていく方向性です(図2)。

 それぞれにどのような指標があるかというと、防御力を高めるほうについては、1)腸管や気道などの粘膜に分泌され、細菌やウイルスなどの病原体排除の働きを持つIgA抗体などの抗体の産生の増強、2)がん細胞やウイルス感染細胞を除去する働きを持つナチュラルキラー細胞の活性の増強、などが考えられます。一方で、免疫疾患の発症・増悪を抑制するほうについては、1)免疫応答を抑制する働きを持つ制御性T細胞の誘導や活性化、2)炎症を引き起こす炎症性サイトカインという免疫細胞の間で情報伝達をするタンパク質の産生の抑制、などが考えられます。
  • 図2

 ここで、食品や食品成分が生体防御力を高めるというときに、「免疫力」という言葉がよく使われますが、この言葉は学術的には用いられません。また、免疫システムの防御力は高めれば高めるほどいいわけではありません。免疫系の働きが最もよい状態とは、「生体防御力」と「抑制的な働き」とのバランスがとれている状態といえます。食品の役割としては、免疫系の何かの働きを高めるばかりではなく、そのバランスが崩れているときに、正すような働きが求められているといえるでしょう。

ビタミンをはじめ非常に多くの栄養成分が免疫機能に関わっている

 以上の前提をふまえ、免疫機能に関与することが知られている栄養成分は、摂取カロリー、タンパク質、アミノ酸、脂肪酸、ビタミン類、ミネラル類、ヌクレオチドなどで、非常に多くの栄養素がさまざまな免疫応答に関わっています(図3)。免疫系の細胞や抗体を作るために、その材料としてタンパク質が必要であり、また免疫細胞が正常に反応するために必要とされるエネルギーを補うため、十分なカロリー摂取が不可欠です。

 ビタミン類についても、多くが免疫の応答にさまざまに関与しています。特にビタミンAとビタミンDについては重要な役割が明らかになってきており、注目されています。ビタミンAについては、腸管でのIgA抗体産生に必須であることが知られています。制御性T細胞の誘導にも重要な役割を担っていて、粘膜上皮の維持、特に粘液の成分であるムチンの産生においても重要な役割を担っています。一方、ビタミンDについては、抗炎症作用、抗菌ペプチドの産生、あるいはT細胞などの皮膚へのホーミングとよばれる現象に関わっていることが知られています。
  • 図3

牛乳乳製品はその高い栄養価から免疫において重要な役割を果たしている

次に、牛乳乳製品と免疫との関係について見ていきましょう。国際酪農連盟が発行したファクトシート「健康な免疫系をサポートする牛乳・乳製品の役割」には下記のような記述があります。
「健康的な食事と良好な栄養は強力で健康的な免疫系をつくる上で重要な役割を果たすことを示すエビデンスがあります。栄養不足と栄養不良は免疫系に大きな影響を与え、感染のリスクを増大させる可能性があることは長い間知られてきました」
「免疫系の活性化が、エネルギーと特定の栄養素の要求量を増加させ、栄養状態に影響を与えることも知られています」
ファクトシート「健康な免疫系をサポートする牛乳・乳製品の役割」(国際酪農連盟)から抜粋
 また、FAO食事ガイドライン・データベースにおいても記述があります。FAOは最適に機能する免疫系をサポートするために、国ごとの食物ベースの食事指針(FBDG)に沿って健康的な食事を維持することを推奨していますが、次のように記されています。
「各国の総説は、ほとんどすべての国々が牛乳や乳製品の摂取を勧めていることを示しています。これは、乳製品が健康的な食事パターンの重要な要素であり、良好な健康成績と関連しているという圧倒的な科学的エビデンスを反映しています」
「乳製品の摂取量と免疫の関係は依然として活発な研究の領域ですが、入手可能なエビデンスは、栄養価の高い乳製品が健康な免疫系をサポートできることを示唆しています」
ファクトシート「健康な免疫系をサポートする牛乳・乳製品の役割」(国際酪農連盟)から抜粋
 したがってまだ確定した結果ではないものの、現時点で入手可能なエビデンスでは「栄養価の高い乳製品が健康な免疫系をサポートできること」が示唆されています。さらには、牛乳乳製品中には、以下に示すような栄養素が含まれ最適な免疫機能にとって重要であると述べられています。
牛乳乳製品中に含まれる最適な免疫機能に重要な栄養素

●高品質のタンパク質
●セレン
●ビタミンA
●ビタミンB12
●亜鉛
●ビタミンD

ファクトシート「健康な免疫系をサポートする牛乳・乳製品の役割」(国際酪農連盟)から作成

 乳タンパク質は必須アミノ酸補給のための高品質の供給源であると認識されています。上記の成分のうち、ビタミンDはじつは牛乳にはあまり含まれませんが、強化されて含まれている牛乳が多くあります。そのほか、ビタミンAをはじめ、亜鉛やセレン、ビタミンB12のような免疫系に重要な働きをする微量栄養素も含まれています。なお、亜鉛やセレンは細胞性免疫の増強に働き、セレンはウイルス感染防御に非常に重要な働きをしているといわれています。ビタミンB12については、ウイルス感染細胞を殺傷するキラーT細胞や、ナチュラルキラー細胞の活性に重要であることが知られています。

 ここで、牛乳の構成成分についてさらに詳しく見てみます。牛乳中の88%——9割近くが水になります。それ以外に、糖質(乳糖)4.5%、脂質(乳脂肪球)3.6%、タンパク質(カゼイン)2.6%、タンパク質(乳清)0.6%、ミネラル(カルシウムなど)0.7%、ビタミンと続きます。ビタミンは少ししか含まれないと思われるかもしれませんが、牛乳コップ1杯(200mL)を飲んだときのビタミンの充足率が図4です。対象としている成人女性(18~ 29歳)の「日本人の食事摂取基準」に対する割合で示しています。

 毎日の食事でさまざまな食品をとる中で、牛乳をコップ1杯飲むだけで、ビタミンAやビタミンDについては10%強、ビタミンB2やB12、パントテン酸については25%も補給できることがわかります。
  • 図4

発酵乳製品によるプロバイオティクスも大きな影響を与える

 また、乳製品の中でも発酵乳にはプロバイオティクスやプレバイオティクスが含まれるものもあり、これらも免疫系に影響を与えることがわかっています。国際酪農連盟のファクトシートでは次のように述べられています。
「多くの発酵乳製品には、健康な腸内微生物叢をサポートするプロバイオティクスなどの生きた細菌培養物が含まれています。腸内微生物叢は、腸管バリアおよび全身の両方で免疫系の構築と維持に重要な役割を果たします」
「プロバイオティクス、プレバイオティクスまたは食物繊維を含むいくつかの食品成分が免疫系に大きな影響を与えることが示されています」
「健康によい乳製品は、品質の良い健康的な食事パターンに重要な役割を果たしており、世界中のFBDGによって推奨されています。免疫に関しては、乳製品の栄養素が重要な役割を担っています」
ファクトシート「健康な免疫系をサポートする牛乳・乳製品の役割」(国際酪農連盟)から抜粋
 プロバイオティクスというのは、適切な量を摂取することでヒトに有益な作用をもたらす生きた微生物であり、ビフィズス菌や乳酸菌などのことを指します。一方、プレバイオティクスというのは、大腸の有益菌を増やすことで腸内フローラのバランスを改善してヒトに有益な作用をもたらす、難消化性オリゴ糖などの難消化性食品成分を示します。

 これらは「アレルギー発症を予防する」「がんを予防する」など免疫系の働きをよくする作用もありますが、全体として腸との関わりが深いことが知られています。

腸内細菌叢が腸管免疫系に与える作用に注目

 腸は体内で最大の免疫臓器です。図5は腸管の表面(腸管免疫系の模式図)ですが、ヒト成人腸管は全長がおよそ7 ~ 9mもあり、表面には絨毛があり、その表面を腸管上皮細胞が覆っています。
  • 図5

 この表面積を一面に広げてみると、テニスコート約1.5面分になり、図5にあるような免疫担当細胞が非常に多く存在しています。全リンパ球の6、7割、抗体産生細胞の8割がここに存在すると見られており、それゆ
え腸は最大の免疫臓器であるといわれるのです。

 一方で、腸管の管腔部分には腸内細菌叢があり、約1000種類の常在細菌が1人あたり約100兆個、重さにして約1 ~ 1.5kgが腸内に共生します。腸内細菌叢の主な働きは、難消化性炭水化物を短鎖脂肪酸(酢酸、プロピ
オン酸、酪酸など)へ代謝することで、さまざまな健康効果を誘導しています。具体的には、腸管の透過性を低下させて生体防御能を高める、あるいは抗炎症作用や抗がん作用を正常化するといったことが、短鎖脂肪酸によって行われているということがわかってきました。
プロバイオティクスやプレバイオティクスを含めた腸管免疫系を模式的に表わすと、図6のようになります。
  • 図6

 腸管免疫系は、安全なもの、すなわち常在腸内細菌やプロバイオティクスのような有用微生物、あるいは食品由来のタンパク質のようなものはしっかりと受け入れて、受諾します。受諾とは、安全なものに対しては免疫系が反応しないということで、免疫寛容といいます。免疫寛容が正常に働いている状態が健常な状態で、破綻すると食物アレルギーや炎症性腸疾患のような病気が引き起こされます。一方、危険な病原細菌、ウイルスなどの病原体については、しっかりと排除しなければいけませんが、その排除のときに働くのが、免疫グロブリンA(IgA抗体)です。

 このような免疫系が備わっている腸管に腸内細菌が共生しているので、腸内細菌叢というのは腸管免疫系の働き、あるいは発達にとって非常に重要な役割を果たしています。そして、腸内細菌叢と腸管免疫系との相互関係を、プロバイオティクスあるいはプレバイオティクスが調節することによって、良好なバランスを維持していくことが期待されています。実際に、プロバイオティクスやプレバイオティクスが身体の健康に良い働きをしているということが、そのメカニズムも含めて、近年次々と明らかにされてきています。

 健康な免疫系を維持するためには、栄養素の面からも、プロバイオティクスやプレバイオティクスの面からも、牛乳乳製品が果たす役割は大きいといえるでしょう。

参考 「 健康な免疫系をサポートする牛乳・乳製品の役割」国際酪農連盟(IDF)ファクトシート
https://www.j-milk.jp/report/international/h4ogb400000042tg.html

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