第2回 干ばつが引き起こすフランスの牛乳・乳製品の危機

フランスの酪農乳業事情 連載一覧

コラム、「フランスの酪農乳業事情」の第2回をお送りします。
近年の「酪農乳業」をめぐる日本の情勢と酪農国フランスの「酪農乳業」事情の違いとは?

干ばつが引き起こすフランスの牛乳・乳製品の危機

2022年夏、フランスは記録的な熱波に相次いで襲われました。

多数の大規模火災も発生し、続く雨不足によって国土は乾ききり、樹木の落葉が例年になく進み、夏の時点で秋のような枯れた光景が各地で見られました。

フランス気象局によると、異常に暑く乾燥した5月に続き、6月、7月、8月には数回の熱波が発生、7月の全国平均の降水量はわずか9.7ミリでした。

  • 2022年7月は暑さに加えて記録的な降水量の不足も記録され、1959年測定開始以来2番目に乾燥した月となった(METEO FRANCEより)

動物愛護の観点からも家畜が常に水場を利用できるようにしなければならない酪農家にとって、今夏の干ばつはより困難な状況を作り出しました。

アルプス地方の酪農家は毎日、トラックで谷へ下り乳牛に与える水を運ばなくてはならず、毎週の燃料代が数百ユーロ(1ユーロ=約140円)単位でかさむ事態になったそうです。

また、ドルドーニュ県の酪農家「気温が高いと、乳牛は食べる量が減り、生産される牛乳の量が減ります。扇風機に投資して家畜が暑さに耐えられるようにする農家もいます。私たちは、熱波の影響だけで1日220ユーロを失っています。さらに、乳牛は1日に平均80リットルの水を飲みますが、暑すぎると150リットルにもなり、乳牛の食欲を回復させる必要があるのに、水の消費を制限しなければならずジレンマだ」と語りました。

エコロジー・持続可能開発・エネルギー省によると、フランス本土全体の年間水消費量のうち、農業部門が全体の45%を占めています。今夏、フランス本土の96県のうち88県で水の使用を制限する措置が導入され、北西部や南東部のほとんどでは農業用水の使用が規制または禁止されました。

  • 農業は全体の45%を占める主要な水消費活動であり、冷却用発電所(31%)、飲料水(21%)、工業用(4%)を上回っています

過去70年間で最悪といえる歴史的な干ばつ

ロワール地方の酪農家は、例年9月に収穫する作物を7月には収穫しなければならなかったと語りました。
「残念ながら収穫前に熱波にやられてしまったトウモロコシや、穂が付かなかった作物がたくさんあります。栄養価がほとんどないか、まったく価値がないのは明らかで、収穫量は昨年より50~60%少なくなっています」

飼料となる作物の収穫量減少と質の悪化、そして通常ならば乳牛が牧草を食べている時期、牧草(アルファルファ)の生産量は前年に比べて3分の1しか育っていません。

これらの不足を補うために、酪農家はより多くの飼料を購入する必要がありますが、ロシアのウクライナ侵攻以来、農業関係の原材料や資材の価格上昇などに関連した異常なインフレにより、乳牛の飼料は5月までの1年間で26%もの値上がりを経験しました。

そのため、通常、冬に備えて蓄えている飼料を家畜に与えなければならず、2022年から2023年の冬の間、多くの酪農家が牛を飼い続けることができるかどうかが、深刻な問題になっているのです。

緊急対処が必要なため、解決策として残念ながら予想よりも大幅に早く乳牛を手放すことを余儀なくされた酪農家も多くいます。

恒久的に牛を生産し続けている酪農家にとって、母牛を失うと、3年間は子牛を生産する能力を失うことになります。今なんとかしないと、少なくとも3年間はこの問題が続くことになってしまうのです。

この負のスパイラルを止めるために最も重要なことは、生産者に支払われる価格を改善する以外にありません。

「生産コストの高騰に直面している酪農家が利益を得るために消費者は1リットルあたり1ユーロを支払わなければなりません。8月現在の平均は78サンチーム(1サンチーム=1セント=100分の1ユーロ)です。このフランスの低い牛乳価格の値上げを求めると同時に、国は農家と折半で飼料を購入できる災害基金を多くの県に適用させる必要があります。」と、全国農業組合連合会(FNSEA)は援助を求めました。

農業災害に対する補償

10月中旬、農業におけるリスク管理のための国家委員会 (CNGRA) による迅速な調査の結果、11県の農家が特に畜産部門において夏の干ばつによって引き起こされた農業災害に対して補償を受ける対象にあると発表がありました。政府はこれにより「制御できない資本の削減の回避」—つまり、資金不足により、酪農家が乳牛を大量に販売するのを防ぐことを期待しています。

生乳価格について、フランスは他のヨーロッパの生産者、特にドイツとオランダで支払われる価格より20%も低いといわれます。

欧州委員会の生乳市場観測サイト(MMO)によれば、EU諸国の生産者に支払われる生乳の平均価格は6月には1000リットルあたり494ユーロ、7月には500ユーロを超えました。しかし、フランスの生産者に今年7月に支払われた生乳の価格は459ユーロ。EU全体では1 年間で38.2%上昇した一方、フランスではEUの平均を下回る19.7%しか上がっていません 。

ヨーロッパの酪農家と格差を生むフランスの食品流通システム

フランスとヨーロッパの酪農家の間でこのような格差を生じさせる理由として、フランスの食品流通システムがあります。フランスの小売業界は、6社の大手スーパーマーケットが食品小売の90%以上のシェアを占める寡占市場となっているため小売の権限が強く、生産農家へ圧力がかかり、生産者が得るべき利益が減少していると指摘されています。


2018年に公布された『フランス新農業・食品法(Egalim法)』*により、サプライチェーンの川下の流通業者の数値をベースとして生産農家の所得を決定するのではなく、川上の農家の生産コストをベースとして価格を設定していくことが求められましたが、施行後に必ずしも流通業者がルールに沿ってビジネスを行っているとは限らず、依然として生産者の所得向上は改善していません。

今夏、緊急事態に直面した政府は、大手小売業者に対し、牛乳・乳製品製造加工業者との交渉の一環として、生産者が要求する値上げを受け入れるよう求めました。

これを受けて、フランスで生乳の4分の1を収集するラクタリス(Lactalis)は、提携先の生産者からの生乳購入価格を2021年の同時期と比較して32%増額することを発表し、同時に大手スーパーとの交渉では、牛乳・乳製品の製造コスト(輸送、エネルギー、包装)の急増を反映させるために、製品の販売価格の値上げを要求しました。

通常、乳製品業界と流通業者の間で毎年2月に設定される価格は、7月にすでに上方修正されており、全国乳製品製造業者連盟(Fnil)によれば、6月と7月に平均で+6%から+8%の値上げが認められましたが、農産物の原材料コストと産業コスト(ロジスティクス、加工、保管)のすべてのコスト増加をカバーするには、この2倍の増加は必須になり、すべての流通業者が、牛乳・乳製品製造加工業者によって提案された正当な値上げを受け入れるよう求めています。
  • 2022年8月、ブリックパック入り1リットルの販売価格は1ユーロに満たない0.71~0.88サンチーム。正当な価格を生産者に支払うためには最低1ユーロに値上げされなければならないといわれている
自身が生産者でもある全国農業組合連合会(FNSEA)の会長クリストファー・ランバート氏はEURACTIVのインタビューで次のように話しました。

「私たち生産者にとって難しいのは、生産コストをフードチェーンの末端に転嫁することです。消費者は食品に質的な要求をする一方で、支払いを減らしたいと考えています。より環境に優しい食品ほど高価です。 私は自分の農場で動物福祉を改善するためにバイオセキュリティを導入しました 。これらは費用(生産費)です。消費者からの注文に対応するこれらのコストを転嫁できなければ、農家は存続できません。消費者は生産者に正当な価格を支払わなければなりません。」

フランス人の食卓に欠かせない、牛乳やバター、クリーム、チーズ、ヨーグルト

また、ランバート氏は、現在ヨーロッパを襲っているエネルギー危機に関して、不足が生じた場合、農業および食品部門 を最優先すべきだと語っています。

「新型コロナウイルスが到来したとき、多くの人がヨーロッパで生産することの重要性に気づきました。今、フランスやヨーロッパでは小麦や生乳が不足しているため輸入しなければならない、というような認識に立ってほしくありません。アメリカとカナダに依存せず、ヨーロッパ人を養うためにはヨーロッパで生産しなければなりません。」

農業や食品のバリューチェーンを国家緊急計画の重要な部門として、国と国民が再認識しなければならないのです。

「フランスの食料をこれ以上危機に晒(さら)さないようにしてください。フランスはマスタードの種の生産を放棄しカナダに依存した結果、カナダの干ばつにより、スーパーの棚からマスタードが消えました。マスタードはいずれ戻ってきますが、酪農場、養鶏場、養豚場、養牛場,養羊場—フランスの農場が消えれば、再開することはありません。フランスは多くを失うことになるのです。」

パンデミック、戦争の影響から燃料費の高騰、インフレによりあらゆるものの価格上昇が続いています。電力にも多大な影響を与える干ばつは、今後もひとたび発生すれば避けようがありません。
 
フランス人にとってのガソリンともいうべき、これらの製品の値上がりは、かなりの家庭で痛手になるのは間違いありません。しかしまた、フランス人の多くはフランス産食品に愛着を持っており、その主導者は生産者であることも認識しています。たった1ユーロでフランスが誇る食文化を守っていくことに貢献できるとすれば、喜んで購入する人も少なくないかもしれません。

この先も地球規模で襲ってくる異常気象による食料生産の不安定化に対し、どのように対処して国民の食料を確保していくのか、農業国フランスだけでなく他の国においても、緊急を要する課題であることは間違いありません。

今後の変化を注視していきたいと思います。

❚ 参考・引用文献 

『フランス新農業・食品法(Egalim法)』
 平成31年度海外農業・貿易投資環境調査分析委託事業(欧州の農業政策・制度の動向分析)より
 4. フランス新農業・食品法の動向

 

管理栄養士 吉野綾美
1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。