フランス人とデザートの甘い関係 - 4

連載コラム ミルクの国の食だより

コラム、「ミルクの国の食だより」の第72回をお送りします。ルネサンス期を境に、砂糖は次第にデザートづくりに特化して用いられるようになっていきました。

食事の最初から最後まで甘い味?

中世の終わりからルネサンス(15~16世紀)にかけて、フランスでは隣国の食文化の影響を大いに受けるようになります。

イギリスで流行していた異国情緒漂う甘い味、イタリアの芸術的な食文化がフランスの貴族に取り入れられ、様々な料理に砂糖が使われるようになりました。
砂糖を料理に加えるのは医学的な意味もありましたが、貴族たちが砂糖に魅了されたからにほかなりません。

王侯貴族の料理書では実に40%以上のレシピに砂糖が使われました。
食物として資格を得た砂糖は、肉、魚、卵、乳製品、果物、穀物、野菜など、あらゆる食材とともに用いられました。

つまり、食事の最初から最後まで甘い味が存在したということです。

次第に食品本来の味を尊重するように

しかしながら、中世に主流だったワインやヴェルジュを使った強い酸味とスパイシーな香辛料に新しく砂糖の甘さが加わった味は一種の流行ともいえ、時代の経過とともにレシピは減少していきます。

ルネサンスを境に過剰な香辛料や砂糖の使用は料理の味を損なうとされ、食品本来の味と風味を尊重するために甘さと塩味を等分に混ぜるというイタリア由来の味付けを廃し、砂糖はメインの肉、魚ではなく、アントルメの卵や乳製品といった食材に主に使われるようになりました。

食事の「口直し」アントルメ

アントルメ(Entremets)は本来、食事の最中に出される料理(mets)の間(entre)のことを意味し、中世時代は「料理と料理の間の余興」を指していました。
後に娯楽を兼ねた料理になり、時代を経て、メインとなる料理の間に出される添えもので「口直し」のような一品を指すようになりました。

中世末期のアントルメには牛乳、卵、ブイヨンで煮た挽き割り小麦の粥や牛乳を香り付けして作るブラン・マンジェがありました。
これらのアントルメはもともと甘くはなかったのですが、砂糖との出会いによって甘くて風味のある料理に転換していきました。

ホイップクリーム、ムース、アイスクリームなど、焼き菓子以外の食感の軽い簡単な甘味はアントルメになります。
イタリアから伝わった製菓技術のおかげで、レシピは様々な発展をしていきます。

甘味のあるアントルメが、後のデザートに

同じ頃、イタリアで精糖の知識を得た宮廷医師ノストラダムスによるジャム・菓子の専門書*が砂糖の効用に特化した新しい種類の技術書として登場し、17世紀以降、料理書中の砂糖を使ったレシピは大幅に減少していきました。

アントルメは「ロースト料理の後、かつデザートの前に出される品」とされ、そのほとんどが甘味となったこともあり、デザートの前に提供していた甘味のアントルメは、18世紀、19世紀と時の流れとともに、徐々に「デザート」という言葉に取って代わるようになっていったようです。

菓子の食文化を支えたフランスの酪農

フランス料理は現在の形に至るまで、外国から大きな影響を受けてきました。
とりわけ菓子の食文化がフランスで発展したのは、その原材料となる酪農が中心にあったからといえるのではないでしょうか。

今日、食事の最後を締めくくる甘味は、その昔、娯楽の一品だったように、華やかに人々を魅了し満足感を演出すべく時代にあった風味をとりこみながら革新し続けています。

*「化粧品とジャム論」(1555年 リヨン)
  • テーブルの芸術の一部でもあるフランスのデザート。最後に食べると満足感と同時に幸せな気持ちになるものです
*参考資料
 http://patrimoine.bm-dijon.fr/pleade/module-eadeac/pages/doc/document_rambourg.pdf
管理栄養士 吉野綾美

1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。