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カルシウムの働き

厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2015年版)」では、ミネラル(無機質)の13種類について策定されています。
ミネラルは、人体における構成率は約4%と微量ですが、三大栄養素(たんぱく質、脂質、炭水化物)を自動車のガソリンに例えるならば、ミネラルはオイルや潤滑油の役割を担っており三大栄養素とともに非常に大切なものです。
人体の主要構成元素には、有機質の炭素、および水素、酸素、窒素に次いで無機質のカルシウムがあります。カルシウムは体重の1~2%を占め、その約99%はリン酸塩や炭酸塩として骨や歯に含まれています。残りの約1%は筋肉や神経・血液などに含まれ、体のさまざまな機能を調節する働きをしています。カルシウムには以下のような働きがあります。

骨や歯をつくる

カルシウムは、骨や歯の材料です。
骨中のカルシウムは、人体を支える強靭性を骨に与える上で重要な働きをしています。

筋肉を動かす

筋肉の収縮にもカルシウムは必要です。特に心臓の筋肉細胞は、カルシウムイオンが少なくなりすぎると動かなくなることが分かっています。

神経細胞の働きに関与

人体の各部は脳からの指令によって動くことができます。この神経伝達をスムーズにすることにカルシウムが関わっています。また、カルシウムには神経の興奮を静める作用もあり、カルシウム摂取量が不足するとイライラしやすくなり、神経が過敏になることが知られています。

血液の凝固などに関与

カルシウムは出血したときの血液の凝固に関与しているほか、細胞の分裂・増殖・分化、内分泌(各種ホルモン)や外分泌(唾液・胃液・膵液など)にも関与しているといわれています。

骨とカルシウム

血液中のカルシウムの濃度は、副甲状腺ホルモンをはじめとしたカルシウム濃度調節ホルモンによって厳格に管理され、狭い範囲で一定に保たれています。カルシウム摂取が多ければ骨に貯蔵し、血液中のカルシウムが不足すると骨から取り出してもとの濃度に戻します。このため、骨はカルシウムの貯蔵庫といわれます。
カルシウム摂取が不足し、骨からの溶出が多くなれば、骨の粗鬆化(骨に鬆が入ったような状態になること)を引き起こす可能性が高くなります。
人間の骨量は体の成長とともに増加し、思春期ごろに急成長して、女性では18歳ごろ、男性では20歳ごろに最大骨量(peak bone mass)を迎えるといわれています。その後は、加齢とともに徐々に減少していきます[図2-19]。
成長期に必要な量のカルシウム摂取が十分に行われないと、最大骨量が十分に上がらず、加齢による骨量の減少から骨粗鬆症になる危険が高まります。最近の骨密度測定の結果では、20歳前後の若い人(特に女性)の中にも骨量が少なく、すでに50~60歳程度の骨量しかない人が見られる状況です。また、カルシウム摂取不足が続くと、骨から溶け出したカルシウムが血管壁などの軟部組織に沈着することなどにより細胞内のカルシウム濃度が増加し、高血圧、動脈硬化、糖尿病などの生活習慣病の原因となることや、細胞の機能が一般に低下して老化現象を招くことなども分かってきています。
図2-19 | 男女における骨量の経年変化
男女における骨量の経年変化
出典:大薗恵一「骨粗鬆症予防に重要なカルシウム摂取」『小児科診療』第71巻6号、診断と治療社(2008年)

毎日、少しずつ生まれ変わる骨

人体の骨はカルシウムのほか、たんぱく質、リン、マグネシウムなどで構成されています。骨は体を支え、内臓や脳を守り、カルシウムの貯蔵庫として重要な働きをしています。
生きている間、骨は毎日少しずつ生まれ変わっています。古くなった骨は破骨細胞によって壊され、また骨芽細胞によって新しくつくられます。骨折をしても、骨がくっついてもとに戻るのはこの働きのためです。
骨が正常に生まれ変わるためには、十分量のカルシウムを食品から摂り、カルシウムの吸収率を上げ、カルシウム吸収阻害要因をできるだけ少なくすることが必要です。詳しくは後述の「カルシウムの上手な摂り方」で説明します。

歯とカルシウム

乳歯は生後5~6カ月で生え始め、約2年半で上下10本ずつ、合計20本が生えそろいます。
永久歯は、6~7歳で第1大臼歯(奥から3本目)が生え、12~13歳までに親知らずを除き上下28本が生えそろいます。
永久歯は、歯が欠けるともとに戻りません。したがって、歯の一部分は生まれ変わっていますが、全体としては生まれ変われないことになります。
乳歯のときにむし歯が多いと、生活習慣が変わらない限り、引き続いて生える永久歯もむし歯になりやすくなります。その結果、食物の咀嚼回数が減少し、脳の働きの低下、顎や顔の成長阻害が起こるほか、心身の正常な発育にも影響を及ぼすと考えられています。
永久歯を支える歯周組織の歯槽骨などの骨は生まれ変わっているので、特に幼児期から20歳くらいまでは骨と同様にカルシウムを十分に摂ることが大切です。

カルシウムの上手な摂り方

日本人は慢性的にカルシウムが不足しています。これは、日本の土壌にカルシウムが少なく、水や農作物のカルシウム含量が低いことにも関係します[表2-7]。
図2-20によると、骨量が大幅に増加する成長期の大切な時期にカルシウムの十分な摂取ができていないことが分かります。学校教育現場や児童・生徒を持つ家庭に対し、改善の啓発が大切と考えられます。
カルシウムを上手に摂取するためには、以下の点に留意することが必要です。
表2-7 | 性・年齢別、1日あたりのカルシウムの推奨量と摂取量
年齢(歳) 男性 女性
推奨量(mg/日) 摂取量(mg/日) 推奨量(mg/日) 摂取量(mg/日)
1~2歳 450 372 400 332
3~5歳 600 452 550 427
6~7歳 600 581 550 547
8~9歳 650 689 750 633
10~11歳 700 723 750 635
12~14歳 1,000 716 800 607
15~17歳 800 566 650 486
18~29歳 800 460 650 413
30~49 650 437 650 429
50~69 700 520 650 516
70歳以上 700 556 650 516
出典:推奨量/厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2015年版)」、摂取量/厚生労働省「平成24年 国民健康・栄養調査報告」

注 赤字部分で摂取量が不足

図2-20 | 小・中学生のカルシウム摂取量
小・中学生のカルシウム摂取量
出典:独立行政法人 日本スポーツ振興センター「平成22年度児童生徒の食事状況等調査報告書」

毎日、いろいろな食品から摂る

カルシウムは毎日、いろいろな食品から摂りましょう。最近の食生活では、骨ごと食べる小魚や海藻の摂取が少なくなったため、牛乳乳製品を除くと成人でもカルシウムの摂取量が300~400mgという人が少なくないようです。
牛乳(200mL)の場合、毎日2~3本を摂取すれば、推奨量をほぼ満たすことができます。

ビタミンDで吸収率アップ

ビタミンDには体内のカルシウム利用促進やカルシウムの吸収率を上げる作用があります。ビタミンDの多くは、日光にあたることにより皮膚で合成されます。ただし、近年は紫外線が強くなってきたため、日光に長時間あたることは注意が必要です。また、UVカット化粧品も多用されていますので、食品からビタミンDを摂取することが重要です。

適度な運動をする

運動をして骨に刺激を与えると、カルシウムが吸収されやすくなります。
また、適度な運動により骨まわりの筋肉の量や強さが増すことで骨が補強されます。運動能力が向上すると、転倒による骨折率の低下も期待できます。

カルシウム吸収阻害要因を減らす

リンとカルシウムの摂取比率は1対1が理想といわれていますが、牛乳はリンとカルシウムの割合がほぼその比率に近く、理想的な食品です。
近年は加工食品の摂取増大により、リンの摂取比率が増加傾向にあります。
リンが多すぎると、カルシウムを体外に排泄してしまうので注意が必要です。
また、シュウ酸、フィチン酸、食物繊維、ナトリウムの過剰摂取や、カルシウムの吸収促進作用を持つリジンの摂取不足はカルシウム不足につながります。

カルシウム吸収率の良い食品を摂る

カルシウムは消化吸収されにくい栄養素の代表格です。牛乳にはカルシウムの一部がそのまま吸収されるイオン状態で含まれているほか、カゼインミセル中にコロイド状リン酸カルシウムという吸収されやすい形で含まれています。また、カゼインホスホペプチド(CPP)、乳塩基性たんぱく質(MBP)、乳糖が吸収率を上げると考えられます。
さらに、牛乳は他の食品のカルシウムを一緒に摂ることで吸収率を上げる性質もあります。

カルシウムの含有量と吸収率が高い牛乳

食品の栄養素の成分量の基準として、日本食品標準成分表が広く用いられています。成分表の数値ではカルシウムの含有量が牛乳より多い食品がたくさんありますが、1食分に換算すると牛乳の含有量が抜きん出ています。
成分表の数値は食品100gあたりの含有量を示していますが、食品間の栄養成分量は1食分の量で比較しなくては現実的とはいえません。
例えば、さくらえびは2,000mg、ほしひじきは1,000mgで、普通牛乳の110mgと比較するとそれぞれ約18倍、9倍も多くカルシウムが含まれています。ところが、1食分に換算するとさくらえび(8g)は160mg、ほしひじき(8g)は80mgで、普通牛乳コップ1杯(200mL)の227mgと比較するとさくらえびは約4分の3、ほしひじきは約3分の1と逆転しています[表2-8]。
さらに、牛乳のカルシウム吸収率は40%と高く、カルシウムが豊富な小魚の33%、野莱の19%より優れています[図2-21]。各食品の1食分のカルシウム含有量に吸収率を掛け合わせると、牛乳コップ1杯(200mL)のカルシウム吸収量は91mg、いわしは1食分60gで14mg、こまつなは1食分80gで26mgと、牛乳の多さが際立っています。このように、カルシウムは量ではなく、質で考える必要もあります。
もともとカルシウムは炭水化物やたんぱく質に比べて消化吸収率の低い栄養素です。しかも体内でつくることができないため、毎日食事から摂取しなくてはいけません。牛乳は身近に摂取できるカルシウム補給源として最適な食品といえるでしょう。
表2-8 | カルシウムの多い食品
  含有量(100g中) 1食分 含有量(1食分中)
普通牛乳 110mg 206g 227mg
しらす干し(微乾燥品) 210mg 5g 11mg
さくらえび(素干し) 2,000mg 8g 160mg
まいわし(生) 74mg 60g 44mg
ほしひじき(乾) 1,000mg 8g 80mg
こまつな(葉、生) 170mg 80g 136mg

出典:文部科学省「日本食品標準成分表 2015年版(七訂)」
図2-21 | カルシウムの吸収率の比較
カルシウムの吸収率の比較
出典:上西一弘ほか「日本人若年成人女性における牛乳、小魚(ワカサギ、イワシ)、野菜(コマツナ、モロヘイヤ、オカヒジキ)のカルシウム吸収率」『日本栄養・食糧学会誌』Vol.51、公益社団法人日本栄養・食糧学会(1998年)
column15
牛乳100円で87.8%のカルシウムを充足
栄養面で優れた食品である牛乳ですが、その栄養を摂取するのにどのくらいのコストがかかるのでしょうか。100円で購入できる量を求め、その量で1日に必要な栄養量をどのくらい満たすのか計算し、日常よく食べる食品5品目について比較してみると、カルシウムについては牛乳の87.8%に対して卵は25.6%なので、牛乳は卵の約3.5倍の充足率があるということになります。牛乳は栄養素密度が高いため経済的にも非常に効率的な食品といえそうです。
主要食品の同一価格あたりの栄養素充足率の比較(カルシウム)
  100円あたりの量 100円あたりの
カルシウム量
充足率
(650mg/日で計算)
飯(精白米) 302.44g 15.12mg 2.3%
パン 149.72g 43.42mg 6.7%
鶏卵(生) 326.69g 166.61mg 25.6%
牛乳 519.01g 570.91mg 87.8%
牛肉(もも) 29.35g 1.17mg 0.2%

出典:総務省統計局「家計調査年報 平成27年」、文部科学省「日本食品標準成分表 2015年版(七訂)」

牛乳のカルシウム吸収率が高い理由

牛乳のたんぱく質から消化過程で生成するカゼインホスホペプチド(CPP)という物質には、カルシウムの吸収を促進する働きがあります。CPPは牛乳中のたんぱく質の約8割を占めるカゼイン(主としてαS1-カゼインとβ-カゼイン)が、小腸下部で酵素によって分解されて生成します。
摂取されたカルシウムは胃の中で可溶化され、小腸で体内へ吸収されます。小腸は上部ほどpHが低く吸収されやすい環境に見えますが、小腸上部で吸収されるのは一部で、大部分のカルシウムは小腸下部まで移動します。下部にいくほど管腔内のpHが上昇(弱アルカリ)するので、一般的にはリン酸と結合し、不溶化して吸収
されにくくなります。CPPは小腸下部において、このカルシウムの不溶化を阻止し、腸内沈殿を防ぐことでカルシウムの吸収量を増やす作用があります。
また、乳糖にもカルシウムの吸収を促進する働き(キレート作用)が推定されています。そのメカニズムは、乳糖が小腸の腸壁のカルシウム透過性を高めるためだと考えられます(人体では未確認)。
野菜に含まれるシュウ酸や、穀類・豆類に含まれるフィチン酸および食物繊維には、カルシウムの吸収を阻害する作用があります。牛乳にはこれらの物質がほとんど含まれていないことも、カルシウムの吸収率を高める要因となっています。
一方、リンはカルシウムの代謝に間接的に影響を与えると考えられますが、カルシウムとリンの摂取量の比率が1:0.5~2の範囲であれば、カルシウムの吸収・利用には支障がないとされています。牛乳の比率は1:1.08であることから、カルシウムの吸収・利用になんら問題はなく、むしろ骨や歯の形成・維持に適切な割合となっています。また脂肪は、カルシウムが脂肪酸と不溶性の物質を形成し排泄させるためにカルシウム吸収量が減少するといわれていますが、牛乳脂肪由来の中鎖飽和脂肪酸はカルシウムの吸収に良いという報告があります。
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カルシウムを摂りすぎると健康を害する?
カルシウムの過剰摂取によって起こる障害には、尿路結石、ミルクアルカリ症候群、他のミネラル(鉄、亜鉛、マグネシウム、リンなど)の吸収抑制、便秘症などが報告されています。しかし、日本人の場合、通常の食生活でカルシウムが過剰になることはまずありません。1日1パック(1,000mL)の牛乳を摂取しても、カルシウム摂取量は1,135mgです。現在の日本人の1日あたりの平均カルシウム摂取量は517mg(2015年)程度と推奨値の600mgより低いことを考えると、通常の食事ではカルシウムの過剰摂取になることはまずないでしょう。ただ、最近は不足している栄養素を健康食品やサプリメントで手軽に補おうとする傾向が見られます。カルシウム製剤などで一度に多量のカルシウムを摂取すると上限量の2,500mgを上回り、血液中のカルシウム濃度が正常の範囲を逸脱して異常に高い値を示す高カルシウム血症、いわゆるミルクアルカリ症候群を生じる危険性があります。

さまざまな効果が期待される牛乳のカルシウム

腎臓結石の予防には、牛乳乳製品などカルシウムを豊富に含んだ食品の摂取を控えるように指導されてきました。
これは食品で摂ったシュウ酸が体内に吸収され、腎臓から排泄される際にカルシウムと結合してシュウ酸カルシウムの結石ができるからです。
しかし、最近の研究ではカルシウムの制限は腎臓結石の予防に結びつかず、むしろ60歳未満の人ではカルシウム摂取量が増えると腎臓結石の発症数が減少するとの報告も出ています。
腎臓結石を予防するには、シュウ酸を多く含んだ食品を摂取するときに、同時にカルシウムを摂ると効果的であるという報告もあります。シュウ酸とカルシウムを同時に摂取すると、腸管内でカルシウムがシュウ酸を中和し、難溶性のシュウ酸カルシウムを形成し、腸管からのシュウ酸塩の吸収を抑制します。そこで、シュウ酸塩の尿中濃度が低下し、腎臓で結石ができにくくなるというわけです。例えば、シュウ酸の多いコーヒー、紅茶、ナッツ、チョコレートには牛乳乳製品を、ほうれんそう、こまつなのおひたしには鰹節を組み合わせて摂ると、腎臓結石などの予防につながります。
また、牛乳のカルシウムが月経前症候群(PMS)の改善に役立つのではないかという報告もあります。PMSとは、生理の2週間前ごろから精神的、肉体的に不快な症状が現れる病気です。正常な月経サイクルを持っている女性の約40%がなんらかのPMS症状を有しており、うち約5%が重症例と推定されます。
PMSの原因についての研究はまだ継続中ですが、PMS患者にカルシウムを増量して摂取させたところ、食物渇望、抑うつ傾向ならびに苦痛スコアが改善されたという報告もあります。
今後さらに多くの症例で検証する必要はありますが、牛乳のカルシウムがPMSの改善に効果的であることを期待させる結果と考えられます。